2017.8.28 景色と、とも(友)にあるもの 
田舎と、日本酒

今宵のサシ飲みは、福岡から離れて、田舎にて。

私は、生まれてから大学で家を出るまでの18年間、
田舎で生まれ育ちました。

「田舎」の定義はとても曖昧ですが、今回は
自然豊かな場所、故郷、都会の対義語、などといった意味合いで
「田舎」という表現を使いたいと思います。

それに、この景色、
誰が見てもさすがに田舎と思うでしょう。笑
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うっすらと雲がかかっているのは、日本三彦山の一つ、英彦山です

 

米も順調に育っています

地元の景色も、幼い頃と比べると微妙に変わってきています。
民家が増えたり減ったり、田んぼや道路が整備されたり、など。

ただ、緑豊かな山々が並ぶ景色は、
いつも変わらず私を迎えてくれます。

そして幼い頃から変わらない情景がもう一つ。。
日本酒を美味しそうに飲む祖父の姿です。

 

祝いの席での一コマ。祖父は大の酒好きです。
家族からは、典型的な隔世遺伝だ、とよく言われます。

 

そんな祖父はいつも、日本酒を片手にテレビのニュースを見ながら、
昔はテレビも車も電話もなかった。便利な世になった。
と口癖のように、言っています。

盆・正月になると、祖父だけでなく
各地から帰省してくる親戚や
近所の人と飲む機会がありますが、
色々と興味深い昔話を聞かせてくれます。

昔は別の場所にあった小中学校の話、
台風で倒れた大きな木の話、
物語の言い伝えのある屋敷跡の話、

自分が生まれる前を知っている人のリアルな昔話は、
その当時の田舎の景観を思い浮かべさせてくれます。

 

これは、地元にあるダム湖の、干ばつ時の写真です。
ダムが建設される50年前は、この場所には
学校・公民館・商店や多くの民家で、賑わっていたと聞きました。
このように、水が干上がることで
ダム湖の底に眠っていた当時の橋や井戸など
集落の跡が、時折現れます。

昔を知らない私たちに、
当時の人のくらしの片鱗を見せられているようで、
不思議な懐かしさや、喪失感といった、
ノスタルジックな気分になります。

 

そんなダム湖の満水時を、それぞれ
別の時期・別の場所から撮ってみたのが、次の写真です。

 

春。高台から。

 

梅雨。ダムサイドから。

 

同じ対象物でも、表情がまったく変わります。
地形や季節・気候条件によって
劇的に違う見え方するのは、
田舎の景色ならではの楽しみ方ではないでしょうか。

そんな風土が造り出す、表情豊かなお酒。
それを、日本酒と呼ぶのも納得です。

田舎の景色の楽しみ方は
なんとなく、すこしだけ、
日本酒の楽しみ方と似ている気がします。
まだまだ日本酒歴は浅いですが、
初めて何種類かの飲み比べをしたとき、
造り方、産地、時期、温度、などなど、
同じ日本酒でも、こんなにも味が違うんだ
と驚いたのを覚えています。

 

福岡の街中にある飲食店にも、
日本各地のお酒がズラリと並んでいます。

そんな日本酒たちにも、造られた地元の水・米があり、
それぞれ故郷があるんだな、と思います。
彼らはその故郷のラベルを背負い、
様々な場所で飲まれながら、親しまれながら、
頑張っているんだなと思います。

私も、都会の荒波に飲まれながらも、
負けじと自分を奮い立たせます。

ふと思い出す景観があり、
ふるさとと呼べる場所がある。
よし、明日もこの街で頑張っていこう。

 




高瀬舞


1993年、田舎生まれ、田舎育ち。北九州で建築を学び、福岡に来て2年目。
建築士目指して修行中。将来の目標は、築80年の実家を自分の設計で改修すること。
好きなものは、廃墟とお酒です。
西日本工業大学卒業(2016)、アートレ建築空間(2016~)