2017.7.31 世界を旅してきた中で 
世界の街角から育まれる創造特区〜新たなLandscapeの視点を継ぐ〜

この連載を書き進める前に、私自身の思考の背景となるプロフィールから紹介したいと思う。

2009年に立ち上げたGranmaは、当初、途上国地域に特化し、そこで暮らす人々の生活水準を向上させることを目的に設立された。特徴としては2点ある。一つは、日系企業の優れた製品や技術を輸出する専門商社として機能すること。もう一つは、民間の営利企業として常に投資対効果を意識し、途上国地域で寄付に依存するのではなく、市場原理に基づいた適正な価格で技術を販売し普及させることである。若干強引な説明となるが、我々が展開する支援のスケールとインパクトは、JICAが進める途上国支援や協力の100分の1ほどといえよう。具体的に言えば、JICAが100万人の生活者の為に橋や井戸の建設に数億の資金を投入するのに対して、我々は数百万円の予算を効果的に投資しながら1万人規模の村へ技術を販売する。マラリアから身を守る蚊帳や無電下地域へ自然エネルギーを活用したソーラーライトなどがその具体例になる。

 

日本企業の優れた技術を興味津々に聴き込む現地生活者との会合の様子。技術を現地ニーズに適正化するだけでなく、市場原理にもとづいて適正な価格で技術を販売していきながら生活インフラを整えていく。

 

こんな奇形な事業を営むきっかけは、米国留学中に実行したアジア、アフリカを放浪した経験だ。その経験を通して得た『新たな貧困の定義』(=想像力が枯渇している状態)を純粋に世界から取り除く、という思いからスタートした。勢いだけは人一倍あった。若気の至りというか、無鉄砲さがなければ今頃はとっくにどこかもっと安全で安定している職に就いているのだろう。

冒頭から聞きなれない言葉が乱立しているが、もう少し私と仕事について話しておきたい。

関心領域は今でも途上国地域の想像力の解決であるが、8年の歳月を費やして気づいたことはグローバルな視座でこの問題に取り組む方が難易度は下がるという事実だ。例えば、巨大市場インドへ環境負荷の低い空調システムを導入しようとするある企業は、ドイツやアジアの企業技術を集めて技術革新を図り、中東や中国からの投資資金を獲得するためにヘルシンキの隣りに位置するエスポーに開発拠点を移した。そして、試作機をヘルシンキ市に販売までしている。ユーザーからの意見を取り入れ実績を積み上げた状態で中東マネーをさらに投下して、インドの州知事に売り込むといった現象が日常茶飯事に起きている。
世界中からリソース(ひと、もの、かね、情報、技術)を調達することで、それまで日本単体で考えていた時には制約ともなっていた予算や技術革新のスピード、そして、最終製品の流通をよりスムーズに構築することができ、日本単体で戦略を立てるよりも筋が良くなる。

また、国連が提唱したSDGsというグローバルミッションは地球全体の持続可能性を実現させる為の具体的な目標が掲示されている。そして、先進国地域に対する関わりも期待される。いかに地球をサステナブルにするか?という視点で捉えても、世界はより一層の協力関係を構築していかねばならない。そういった外的環境の変化が色濃くなる中で、私に求められる役割も当然変わってくる。これまでは日本の技術を活用した生活インフラを提案し、結果として地域全体の生活水準が高まるという順序であったが、現在はまず「いかに地域性を活かしたサステナブルな都市や街区をデザインするか?」という問いから思考する。つまり、関係する地域に見落されている資産や盲点を少し引いた視点(当該地域全体を見渡す)から洗い出すことでこれまで認識されてこなかった課題を見つけ出し、最終的に課題解決策を提案する。アーバンデザインや地域デザインに勤しむ方々との協業も必須となる。そんな仕事の進め方の変化に放浪癖が加わってか、2016年の夏ごろからサステナブルな都市や街区がどのようにデザインされているのか?という視点で世界を回りつづけている。サステナビリティとは持続性であり、地域とは個人の集合体として捉えている。そう考えた上で、地域に根ざした一区画(=個人)から始まるボトムアップ型の都市・地域開発※1を行えるかが、基本的な私の都市や地域づくりの姿勢である。人は自身のニーズや嗜好性を体現した「創造区画」をまちの一区画につくり出しており、最初は点でしかなかったカフェ・レストランがやがて、町全体のランドスケープを作り出していることも、世界をまわっていて感じる共通した現象である。そして、この創造区画は一個人の住空間および暮らしを豊かにしていく「創造特区」となづけてみてはどうであろうか?この特区に対して国や行政は自由を与え、資産家たちは金銭的投資を行い新たな取り組みをスタートする機会を作る。そこに生活する市民は恒常的に割引や特別なサービスを受けられるようになるだろう。

将来的には彼らはあらゆる想像力を発揮する。そんな状況が私のいうところの”貧困”が解決されている状況である。

 

途上国開発はいわば個人の潜在的な思いやニーズを引き出す事ファシリテーションが最も重要なスキルの一つとなる。

 

この景観コラムでは、こういった私の経験から紡がれているビジョンや放浪癖をふんだんに活用して、お題であるランドスケープ※2について私なりに触れていきたいと思う。丸山頼一氏が著書「環境都市計画時点」で定義した、「風景や景観のような感覚的・審美的な側面のみならず、水、土、大気、動物、植物など、土地や自然を基盤とする生態学的な性状や秩序を含めた概念」といった本来のランドスケープの定義に、旅をする中で見た、その国ならではの人の息遣いや生活空間のあり方を加えて、広義の意味としてランドスケープを再定義し、各地の個性豊かなそれらをお話しする。

その前に、わたしのアイデンティティでもある『旅』が必要な理由についてもう少し書いておきたい。

 

20歳から続けている世界放浪も年々テーマを持ちながら進化を遂げている。写真は筆者が21歳の時に訪問したイエメンはサナアでの一枚。最も好きな国は今では入国困難となっていることも世界の情勢の不安定さを物語る。

 

NY留学中にバングラデシュの都市ダッカから人類発祥の地であるアフリカ大陸を陸路で歩きった18歳のあの日から、現在に至ってもなお放浪癖は治らず、個人的ライフワークとして世界を回り続けている。先日、101カ国目となるコスタリカを訪問したばかりで、今後もこの記録は更新されるだろう。

政治や経済を軸に国と国が繋がり合う時代は終わりを告げようとしている。インターネットが個人と個人をつなぎ、世界中どこにいてもクラウドに管理された情報にアクセスして仕事を進められる社会の波は、先日からテレワークデイがはじまった日本でも感じられる。誰もが情報にアクセスできる時代を迎え、今後は新規性のあるアイデアを生み出すことも、市場の原理や流行を追いかけていくだけのビジネスの生き残りが難しくなることも、皆、うっすらと気づき始めているのではないか。一方、100カ国以上の国や地域を旅していると、流行よりも個人の美意識を軸とした文化を創造する人たちが時代をつくり影響力を持ち始めていることに気づかされる。何かを独占することよりも、シェアしたり共感をうむことで、経済や実質的な富を個人にもたらす事例が世界の至る所で生まれ始めているのだ。より個人が、個人の生活を主体的に取り戻す活動が世界中で認められ始め、これからの豊かな時代の象徴となる機能やシステムが各地で構築されているという変化に気づく個人と気づかない個人との間には、今後ますます大きなギャップが生まれるはずだ。いちはやくこれらの変化に気づき、今の時代をより豊かに生き抜くライフデザイン力※3を身につける必要があること、そして、組織の看板や地位ではなく、個人の思想や独自の経験から生まれる様々なストーリーを重視して、世界を前のめりに活用し多様な視点で考えることが比較的重要なスキルとなってくる。私がこのような未来の到来を予想できるのも、習慣として自らの足で世界を回り、様々な現状を観察し、その状況を作り出している創造性を武器に未来を切り開いている人々との関係性を築いているからだと感じている。
『旅』は、個人化する今の時代を生き抜くための知恵を与えてくれるのだ。

さて、話はもどり、本題である景観コラムの第一回目は、私のビジネスの第二の拠点としてお世話になったインドから幕をあけたい。こちらはクーリエでも連載をしていたので、それをみていただけると嬉しい。

 

起業ブームに沸くインド。世界の名門大学で学び、大手企業で数年間の実務を経験したエリートたちが、インドに凱旋帰国して次々にスタートアップしている。急速なスピードでスマートシティやテクノロジーがうまれているのもインドらしい一面だ。それに伴って繁華街に乱立するレストランやショッピングモール、オフィスビルといった施設は、人々の消費欲を投影するかのように「ラグジュアリーさ」と「流行」を表現したデザインになっている。その中で独自の価値観にもとづいてローカルに生活空間をつくる起業家が現れ始めている。

 

 

例えば、かつてヒッピーの聖地だったインドのゴア。ここにあるEco Village Sarayaという場所は、カフェとアートギャラリー、ゲストハウスとして構成されている場所で、自然と調和したアート、食べ物、生活をみんなで共有し、経験することで「創造性の無限を養う空間」を創り上げ、世界各地から若者たちが集まってくることで注目を浴びている。ここに集う人たちは寝床と食事を無償で得ることができる代わりに、敷地内の様々な活動に自分たちがコミットしていくことで還元していく。こういったサービスを提供する側、サービスを享受する側という関係性のシフトがなされている。

 

 

また、大のサーフィン好きが合間ってサーフボードの開発のみならず、こどもたちへサーフィンを通じた教育を行なっている。海岸のビーチ掃除に協力する子どもにはサーフボードを無償で貸し出しており、サーフィンの楽しさと環境保護の大切さを子ども達に訴えかけるようなゴミ拾いのプログラムを実施しているサーファースクールがまちの中心的な存在になっていた。

これらのような各都市に同時多発的に生み出されている「創造特区」に注目することが、都市を観察する上で非常におもしろい。物事の優先順位としてお金の力ではなく、個人の美意識からはじまる文化的な活動から共感のムーブメントを創り、世の中に影響力を発揮させながら、経済的なマネタイズ(収益事業化)も可能にしている人たちが世界には散らばっている。ここでの美意識とは、ファッションなど外見的なものへの価値観や、アートへの価値観など狭義的なものではなく、各個人に由来する良し悪しを判断する価値観のことを指している。そんな個人の核を構成する美意識やこだわりから事を起こすことで、経済的指標で言うところのニッチ市場をカルティベイト(耕す)する人々をCulture Entrepreneurと呼んでいる。自分のことを掘り起こし、それを再定義して文脈を作る。こだわりがあるから、誰もが不利だと思うところに挑戦したり、流行に左右されない独自性があり、自分ごとの経済活動がゆえに長く続いていくことで、結果的に文化を興していく。そんな彼らが作る一区画に注目することで、新たな都市の一面をお届けできたらと考えている。

 

 

※1:ボトムアップの都市・地域開発:国や都道府県、大企業が主導の「トップダウン型」に対して、市民が主体となって町づくりを進めていくこと。
※2:ランドスケープ:参照 https://ja.wikipedia.org/wiki/ランドスケープ
※3:ライフデザイン力:衣食住、景観を含む個人の半径1メートル以内の生活圏に関して高い質を追求・実現する力

 

本村 拓人 自由大学

(編集:福島那奈)




拓人本村


1984年東京都生まれ。米国留学中アジア、アフリカを放浪した経験から新たに貧困の定義(=想像力が枯渇している状態)を提唱。2009年に株式会社Granmaを設立し、個人のクリエイティビティを高めることでこの「貧困」問題解決に取り組む。現在は、世界109カ国を回り、クリエイティブな都市や地域を国内外で観察し続けるRadical Journalistとしての知見を元に、個人が想像力を掻き立て演出する場「創造区画」のデザインを通して、地域に根ざした一区画から始まる都市・地域開発を専門に行う。