2017.4.19 マチノキモチ 
地震に想う、人のつながり 2

 

 

 

 

熊本の震災から1年が経ちました。まずは、先の災害で被災された方、皆様にお見舞いを申し上げます。ニュースでも最近、頻繁に町の様子や一年を迎えたことに対する報道がなされています。

さて、皆様の一年はどうでしたでしょうか?

多かれ少なかれ、震災の影響を受けられたのでは無いでしょうか。今回はこの1年で震災から学んだ事を記録していきたいと思います。

 

震災で学んだこと

■1.つながりの大切さ

前出のコラムにも書きましたが、災害時、困っている時に、様々な地域からの支援があり、救援や復興という目的の元に一致団結できた事は、大きな体験でした。震災前の繋がりよりも遥かに大きなコミュニティーが一気に結実したようにも思います。いままでの生活が、あまりにも保守的で小さなコミュニティーの中にいた事を知らされ、この一年で、様々な人々、異業種の方と大切な出会いを頂きました。

人は、誰でも自分の得意分野を持っていると思います。例えば私たち建築の専門家は、そのことを突き詰めていく役割を日々担っていますが、それと同時に、他者と協働していくことが重要だと改めて思いました。震災後、自分達の専門性が活かせた事は自分の喜びにもなりました。他者とつながり、街とつながる事を実感できる一年であったと思います。

 

■2.人の強さ

熊本の方と話をして思いますが、復興心が強い事を感じます。

残念ながら震災前までの生活レベルには、まだまだ程遠い状況が続く中で、熊本は特に「自力復興」をする気概のある人が多いと思いました。当然の事ながら、行政支援も必要ですが、現地でボランティアをしていると、「自分の地域」という概念が強いのでしょうか、支援をあてにしている人が少ない様に思いました。それが熊本の特徴なのかも知れません。

災害地域ではないところから来た我々が見ても耐え難い惨状の中、明るく振舞われていた住人のおじいちゃんの顔が、忘れられません。

 

■3.九州の強さ

そして、これも特徴的と感じますが、この震災復興については、被害を受けていない地域も含めて「九州は1つ」と考えている人が多い様に思います。

ライバルであった湯布院と黒川など、観光地が手を結び、九州を1つの地方として捉える仕組みを作ったり、子供たちが「自分達の街=九州」ととらえる事ができる学習の仕組みが出来るなど、九州を広域な地方と捉える取り組みが作られていると聞きました。

これは、もともと広域の人々が「同じ九州人」という概念を持っていて、最近で言うところの「広域連携」の元になる「人の強さ、つながり」が広い範囲で残っている事の証明であると思います。それこそが今後の九州を支える土台になるのではないかと感じました。

 

 

さて、最後になりますが、このコラムは景観について書く事を主眼としています。そもそも、美しい景色や、思い出深い路地、などは、どうやって、人のココロに入ってくのでしょうか?

 

この震災を通じて、今まで以上に人の感情を深く知る局面に立たされましたが、景観とは人が活きる場所に存在しているという事を何度も体験したように思います。

例えば、瓦礫と化した益城町の通りを歩くと、おばあさんが「以前はこんな街並みだった・・・」と話してくれます。私にはその情景の記憶はありませんが、なぜかそれが脳裏によみがえり、そのお婆ちゃんと触れ合う事を通じて、益城の空間が蘇る体験をしました。つまり、景観とは「人とつながる」事で体験できるものなのかも知れません。

 

先日、高速道路を通り復旧している様子を見る事が出来ました。来週は熊本東部大津地域のボランティアに出かけます。まだまだ道半ば、復旧から復興へ向かってはいますが、これからも関わりを持ちづけたいと思います。人の繋がりを活かし、熊本だけの記憶にするのではなく、「九州の人」というくくりで記憶にのこる震災であれば、これも何十年経てば、ある意味で、景観としての位置づけを持ちうる出来事になるのかもしれません。




アトリエサンカクスケール


建築や街をイロイロな尺度で捉えなおし、計りの異なる人同士がアイディアを出しながら1つの建築をつくりあげていく設計集団。
尺度が異なれば、新しい愉しい事が産まれるコトを念頭に、身近な生活からまちづくりまで考える。
http://www.a-sansuke.com/