2017.3.22 古写真・観光絵葉書にみる福博景観史 
進化する絵葉書研究とまち歩き

絵葉書に残る風景を定点(同じ場所)で撮影する試みは、鉄道写真などで昔から行われてきました。私が意識的に福博絵葉書の定点撮影を始めたのは、デジタルカメラが普及し始めた2000年頃からですが、当時は今のように福博の市街地で「まち歩き」を楽しむ観光客はほとんどいませんでした。
2003年に自費出版で小冊子「絵葉書に観る明治・大正・昭和福岡・博多の町並み」を製作発行し、その中で絵葉書風景の定点撮影写真も掲載していますが、これは福岡市が平成元年に刊行した「市制100周年記念写真集ふるさと100年」冒頭で絵葉書と当時の町並みを定点比較した「福岡いま・むかし」に影響されたものです。
最終回は絵葉書を参考にして「現在の福博の景観」を撮り続ける中で感じた事の一端をまとめます。読んでいただく皆様に何か気づきがあれば幸いです。(文中の絵葉書・写真はすべて筆者所蔵・撮影)

 

絵葉書のような風景写真を撮る

自分で本格的に景観写真を撮るようになって、気がつくと博多湾の景観美に惹かれる自分がいて、その時代の博多湾の風景を写真や鳥瞰図に遺したいと思うようになり、東京都在住で絵地図製作の第一人者である村松昭さんを招聘して、2005年に絵地図「博多湾周遊絵巻」「遠の朝廷大宰府・天満宮散策絵図」を製作発行しました。

 

飯盛山を背景に小戸ヨットハーバー(2013年撮影)

 

絵地図づくりのために約半年かけて博多湾沿岸の古墳や史跡、寺社仏閣や里山、島や山や川を村松さんと共に巡るなかで、様々な気づきをいただきました。また、まち歩きをしながら景観やスナップを撮影する楽しさにも目覚めました。

2004年以前に撮影した写真を見返すと、すでに観ることのできない景観ばかりですが、撮影した時には「最新の景観」写真です。当時の私は古絵葉書の影響から、再開発などで近々消えるであろう町並みばかりを意識的に撮影していました。

 

消えた景観の代表、中洲にあった玉屋百貨店の建物(2003年撮影)

 

常に変化し続けている都市景観、写真はそれを記録する一期一会の物証ですが、私が撮影する際に心がけているのは「撮影場所が明確である」ことくらいです。今ではGoogleマップの登場で現地に行かずとも現地から見える景観をチェックすることができますが、実際に現地に立った時の感動を写真に納めることができれば、都市景観やまち歩きの魅力も伝わるのではないかと考えています。

 

九大病院の正門前にあった酒屋、現在はコンビニ(2003年撮影)

 

2006年、博多総鎮守・櫛田神社を中心にして「博多の公式観光カレンダー」を作ろうという話が出て、私はご縁あって委員を務めることとなりました。委員といってもギャラが発生する仕事ではなく、あくまでアマチュア写真家として博多の年中行事や景観のいいところを日々撮影するという立場。役得というと博多祇園山笠などの撮影を「公式」な立場で行えるのですが、その効力はあくまで神社の境内と博多の一部だけのことです(笑)。

それまでは町並みや風景としての写真を撮ることを意識していましたが、博多祇園山笠や博多松囃子(博多どんたくの起源)、博多おくんちなど都市景観のなかで人々をどう撮影するかを意識したのもこの頃のことです。以来、風景のなかにどう人物を配置すべきかが私の撮影する写真の最大テーマになりましたが、同時に「二度と同じ写真は撮ることができない」事を再認識した10年だった気がします。

 

秋の風物詩、筥崎宮放生会のにぎわい(2010年撮影)

 

さらにこの頃から博多港のシンボルである博多ポートタワーが見える風景を撮影してきました。葛飾北斎が富士山が見える景観を浮世絵に遺したように「ポートタワー百景」と題して写真を撮り溜めている最中に、幸運なことに福岡市港湾局から「博多ポートタワー開業50周年」記念の企画展への協力依頼をいただき、記念のフォトブックも製作しました。

 

博多松囃子・恵比須流の須崎大橋通過(2013年撮影)

 

博多ポートタワーが完成したのは東京オリンピック開催と同じ昭和39年10月、当時の絵葉書なども構図の参考にして定点での撮影から始めました。また、博多カレンダーを意識して市中を練り歩く博多松囃子の三福神一行とタワーを収めた構図にも毎年チャレンジしますが、天候や人々の配置バランスなどは一期一会なので、10数年撮影していても納得いく構図は2枚ほどです。

 

博多パラダイスと福岡ボート(1965年発行の絵葉書)

 

鮮魚市場の市場会館より、立花山を背景に(2013年撮影)

 

過去に撮影した構図で、より良い写真を撮りたいと思い現地へ通うのですが、なかなか思うような撮影ができません。それ故、一期一会で撮影した写真にはそれぞれに愛着も思い入れも残ります。

 

博多ポートタワーの夕景(2014年撮影)

 

博多湾の景観美に歴史を加えて

何気ない場所にある「歴史遺産・戦争遺産」を意識的に構図に入れて撮影する事も日常行っていますが、数年経って再度訪問すると周辺の景観が変わっていたり、遺構そのものが無くなっていることも多々あります。

次の写真は戦争遺産的な遺構を撮影したものです。現在はレジャー施設となっている雁ノ巣レクリエーションセンターやホテルルイガンスの敷地には、何気ない風景のなかに雁ノ巣飛行場や海軍予備航空隊の施設跡が多数遺ります。

 

ホテル敷地、手前は海軍予備航空隊の誘導路跡(2015年撮影)

 

雁ノ巣飛行場誘導路跡とアイランドシティの高層建築(2015年撮影)

 

古絵葉書の活用事例と景観でいうと、近年は建設中の工事現場防護壁にその街の歴史を語るツールとして絵葉書画像を使いたい旨の依頼も増加しています。以下は旧岩田屋本館(現・福岡パルコ)の改修工事の際に設置された防護壁面で、写真提供で協力させていただきました。

 

旧岩田屋本館を囲む工事防護壁の写真(2009年撮影)

 

比較的小さいサイズでの壁面写真掲載は事例が多々ありますが、2m超の巨大写真は当時大きなインパクトがあり目立っていました。多くの人目に触れることを考えれば、古絵葉書の活用としては最高ランクの事例かもしれません。

 

薬院新川の桜並木越しの博多ポートタワーと西鉄バス(2015年撮影)

 

桜の季節、今年もその時期しか撮影できない福博の都市景観を求めて、カメラ片手にまち歩きをする予定です。春先は「福博花しるべ」をはじめ、都心で様々なイベントが開催されていますので、自分なりの「福岡らしい風景」を探してまち歩きをしていただければ幸いです。




益田啓一郎


企画&執筆業の傍ら、古写真・アンティーク絵葉書や鳥瞰図絵師・吉田初三郎の研究など、景観や世相をテーマにした著作や写真集を多数編纂。昭和画像アーカイブ運営、NHK「ブラタモリ」など番組企画監修も多し。にしてつWebミュージアムの企画構成、博多カレンダー委員、博多祇園山笠西流五十周年史編纂委員ほか。