2017.3.6 マチに力を借りるとき 
レイヤーのマチへ

 

上に上にと四角が並び、

前に前にと車は進み、

右に左に人が行き交い、

地下に潜れば電車が走る。

 

佐賀の平野の田んぼの真ん中に暮らす私にとっては、非日常の移動の世界。

人を動かすチカラが積み重なるマチ、それが福岡です。

 

 

通り沿いにビルが建ち並んでいます。

とはいっても福岡市中心部は空港が近くにあるため、他の都市に比べて建物に厳しい高さ制限があり、実際のところ高層ビルというものは少ないです。

見上げても首を痛めるような高さではなく、窓の奥にいる人の気配が想像できるような高さ。

上階からでも、マチをゆく人の様子がわかるような高さ。

福岡は、この現実離れしないリアルな高さを持つ絶妙なバランスのマチだと思います。

 

もともとは佐賀と同じく平たかった福岡のマチ。

益田さんの絵葉書シリーズを見ても、福岡のマチにビルが伸びだしたのはどうやら昭和30年頃からのよう。

戦後の復興、経済成長、博多の商人魂、バブル、アジアの入り口・・・

その時その時のいろんな条件が福岡に人を呼び、モノを運び、平たい土地は溢れ出し、エネルギーが空に地下にと層になり、重なるマチを生み出しました。

 

 

そんなレイヤーを行き来する私たちのために、マチには多くの上下移動システムがあります。

そのシステムは人の動きを生み出し、また、そのものがマチの表情にもなっています。

まずは動く階段、エスカレーター。

「右に立つのか左に立つのか」には地域差があるようですが、福岡はいつどこで見ても「左」が圧倒的に多いですね。

 

しかし先日博多駅ビルでは、エスカレーター脇に「混雑を避けるために2列でご利用ください」という看板を持つ警備員さんが。

「右側、だれも歩いてもないしガラ空きじゃん。」ってこと、たしかによくあります。

そもそもエスカレーターの正しい乗り方は、【黄色い線の内側に立って、手摺をにぎる。】

安全のためにも混雑防止のためにも、歩かないのが本来のマナーだったりするのです。

 

けれども急ぐ人の為の左一列も、混雑を防ぐ看板も、同じ道を行く誰かのためのもの。

一見機械的で整然としたマチのルールは、前に進む人へのエールのようにも思えます。

上ってきたひと、下りていくひと、前に向かう人、

博多駅の地下鉄入り口ではシャボンちゃんまでもが明るく元気にエールを送ってくれています。

 

こちらはあっという間の垂直移動箱、エレベーター。

吹抜けや道路に面し、スケルトンにしているパターンが多いですね。

スーーっと上っていく様は、佐賀ではお目にかかる機会がないので見とれてしまいそうです。

 

なんだか愛嬌のある階段。

外にいる私は上れないのに、こちらに対して主張しつつのチラ見せ具合がズルい。

階段、そんなにいる?とも思えるような壁面。

意図的なのかどうかはわかりませんが、格子の奥の階段がリズムのよいデザインになっています。

こちらは通路そのものが空中を貫通。あっちからこっちへ渡るつもりがいつの間にやら空中散歩。

これもある意味空中散歩。一度でいいから上ってみたい。

 

 

シンプルな階数表示や、

用が無くてもごあんないされたくなるような案内看板

さりげない点字のサインや

上る気分をアゲてくれるレトロポップな手摺

わくわくするような地上への道も

 

ひとつひとつがマチゆく人を前に進ませるためのもので、

私たちは知らず知らずにそれらに助けられ、上へ行ったり下に向かったり、目的に向かい動き続けます。

 

 

人々のくらしのレイヤー。

さらにその上を、福岡のマチならではの高さで飛行機が飛んでいきます。

映る青空に気を取られ、イナカモノの私にはなんだか遠い世界のようなガラス張のビル。

けれどもその奥にピントをずらし、ガラスの中に蛍光灯を見つけた時、

「あぁ、誰かがあそこで仕事してるんだなぁ。」と

一気に親近感のようなものが湧いてきます。

「お互い頑張りましょうねー!」と叫べば届きそうな距離感が、福岡のマチの一体感を生み出し、ビル慣れしていない私にもチカラを分けてくれるかのようです。

 

 

たまに訪れる近くの都会、福岡のマチ。

私にとって非日常なレイヤーのマチに新鮮な刺激を受け、そこで動く人々にエネルギーをもらい、

そして見慣れた平たいマチへと帰路につくのでした。

(2016佐賀熱気球世界選手権にて 撮影:長夕紀菜)

 

 

滿原早苗




八人力


主に建築設計に従事する15名が集まった集団。
「まちから退屈をぶっとばせ!!」をミッションに、日々活動中。
http://8ninriki.jp