2015.10.5 Unknown Landscape 
テキストのなかの風景

むかし、風景画や風景写真の歴史を調べたことがあります。1980年代、西ドイツのミュンヘンには写真博物館があって、写真機やレンズの歴史や感材の技術発展、膨大な19世紀〜20世紀初期の作品、写真商品(用品ではなくて、販売されていた写真集や観賞用の写真群)が見られるように展示されてました。風景写真にはそれなりに需要があったのではないかと思っていたら全然違っていて、当時のドイツ人が好んで撮ったり買ったりしていた写真メディアの被写体は、1にヌードもしくはそれに近い状態の豊満な女性(圧倒的多数)、2に肖像、3に花、という感じでした。もしかしたら展示方針に偏りがあったのかも知れません(笑)。ステレオ写真のカードときたら90%以上がヌードで、すこしばかり庭園とか遠近感のある風景の写真も入っていたような気がします。あとは、アルピニズムの発展と呼応した山岳写真や観光写真絵はがきの数々。それにしても展示されていたあの膨大なヌードステレオ写真のコレクションはいったい今どこにあるんでしょう。

 

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絵画や写真だけではなく、風景を記録、あるいは表現して多くの人々に伝えるメディアには色々な種類があります。先述した絵はがきは勿論ですが、タウン誌、案内マップ、フライヤー、ファッション誌、TVCM、浮世絵、小説、歌謡曲、校歌、WEB等々。特に校歌の歌詞には必ず、学校の立地に従って近くの山や川や海の名前やその様子、風物が織り込まれているものです。こういうものをひとくくりに、景観を研究する人たちは、テキストに表現された地物の様相=「テキスト景観」と呼んで、分析の対象にしてきました。一編だけ、一冊だけ読んだり見たりしてもそれだけのものでしかないけれど、同じようなテキストの束、かたまりを、時代ごと、地域ごとに集めて内容を統計的に比較すると、地域社会の特徴や風景イメージが分かる、というのです。
テキストは、表現する人それぞれの主観や意図が入ってるんだから研究対象として客観的データとは言えないじゃないか、という批判もありましたが、とある年に行われた建築分野の大きな学会の研究会で、樋口忠彦氏(新潟大学建築学科教授・当時)が「テキストを研究するということは、風景の見方に関する人間のバイアスそのものを研究することです」ときっぱり仰ったおかげで、若手は安心して研究に取り組むことができた、という思い出もあります。

 

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SD1995年4月号
「テクノスケープ:テクノロジーの風景」

そんな中、風景は目に見えるものである、という最も基本的な立場から、風景の見方のしくみをテキストとの関係を元に説明しようと試みた本が、1995年に出版されました。雑誌のSD1995年4月号「テクノスケープ:テクノロジーの風景」です。(写真参照)

1980年代後半から、文学者や映像作家や写真家などがテキスト上で開拓してきた「美意識」が、メディアを介して一般の人々に広く普及し受入れられつつある流れを論じようとしました。そしてその成果が、今は普通の言葉として語られる「工場萌え」に結びついていくことを当時の眼で指摘しています。特集の中核をなす鼎談の中で、中村良夫氏(東京工業大学社会理工学研究科教授・当時)は、古典的美意識に縛られ過ぎることなく新しい風景観を切り開き続けなければ、文明の中に置かれた文化は活力を失って停滞し衰退へ向かう、とまで考えていました。

彼らの考え方はこうです。ある時代の産業社会が作り出す土地の状況は、その産業の担い手(労働者)にとっては生活を支え利益を生む生産現場のありさま以上のものではない。しかしその産業社会から切り離され自由な存在である人々であれば、その産業の作り上げた土地の状況を、第三者の目で純粋な視覚像として捉える(しかも表現する)ことが許される。だから、農業の空間が美しい風景を抱えていることは、都市に暮らす詩人や画家(脱農者)によって初めて発見され、表現されたテキストがメディアによって伝わることで農村の様相を美しいとみなす美意識が大衆に共有されたと考える。同じように、工業化時代の工場地帯は、工場労働者の生活と直接関わりを持たない人々(脱工者)のテキスト表現で美しさが切り開かれ、それを伝える二次情報によって感性が大衆化していった。このような風景観の成立構造が引き継がれていくのであれば、次の発見のターゲットは情報化時代、宇宙時代の様相なのではないか。というのです。ちなみに、この美意識の発見のプロセスと風景観成立のメカニズムは、岡田昌彰氏(現・近畿大学理工学部教授)が2003年に著した「テクノスケープ」(鹿島出版会)という本の中で「同化」と「異化」の作用という概念を用いて実証的に説明されています。

 

写真:本書からの抜粋で1994年に筆者が川崎市で撮影したもの

写真:本書からの抜粋で1994年に筆者が川崎市で撮影したもの

 

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あの本から今年で20年。新しい風景観の芽吹きが、福岡のどこかでひっそりと見つかる頃合いかも知れません。芽吹きは、同時代的に同時多発的に様々な分野の場面で起きるものです。これまでの社会集団が共有する「風景」の概念はとうに崩れて、例えば目には見えず移ろう無形の「つながり」や、個人個人の奥底にある「思い出」のありかへアプローチする人々が沢山出現しています。ネットの検索エンジンによって拾える情報の様相も20年前には想像できませんでした。(写真参照)

 

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<福岡市><都市景観>のキーワードでGoogleで画像検索した結果の一部をスクリーンショットしたもの

 

そして視覚像を写し撮るはずのデジタルカメラも、様々な処理アルゴリズムを駆使して肉眼では知覚できない画像を生成する装置へと変貌し始めています。なにより、写真を始めとするテキストを作って伝える行為は、趣味や特技だけではなく万人の生活行為になりました。その意味において、風景の美意識の芽は、芸術家や専門家だけの所産ではなく市民の暮らしの内側にささやかに繊細に包まれている、そんな時代になっているのだと思います。

 

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仲間浩一


1963年生。福岡県北九州市出身。風景通訳家。マウンテンバイカー。「トレイルバックス」代表。
主に中山間地や離島の地域で、景観の調査や評価、ツーリズム支援、ガイド養成などの仕事を行っている。