2015.8.31 Unknown Landscape 
地底の言分け(ことわけ)と身分け(みわけ)

 セミの声が渦巻き焦げるような陽射しに覆われた暑い夏も、ようやくおしまい。そんな耐え難い夏を過ごすための強力な味方が、地下街でした。涼しい、陽に焼けない、賑わってる、便利、美味しいもの三昧、かわいい女子多し、といいことずくめな地下街。東京や大阪ほどじゃないにせよ、福岡市にも沢山あります。本物の空は見えないけれどそこには代わりに都市生活の夢が埋まっています。地上から階段を下りてみましょう。

 

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 博多の町に九州で初めての地下街がお目見えしたのは、現在の場所に博多駅が移転開業したあとの1964年11月のこと。あまり誰もお祝いしてくれませんでしたが昨年50歳を迎えました。続いて山陽新幹線開業に合わせて博多デイトス地下街が1975年3月に、翌1976年9月に天神地下街が開業しました。九州では、福岡以外には熊本市の交通センタープラザ(1969年開業)があるのみです。佐世保市の駅前地下街は無くなりました。だから九州で地下街を楽しむなら、福岡市で決まり。

 

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 地下街は床と天井に挟まれているので、風景を楽しむ鍵はヨコの広がりと奥行きの重なりにあります。商業ビルやオフィスビルの地下フロアへの混とんとした分岐。そして謎多き出口や地下通路へのそっけなさ過ぎるエスケープ。これは現代の迷宮です。しかも”STAFF ONLY”などと書かれた管理用ドアを隔てた壁の向こうに、一体何があるのかさっぱり分かりません。倉庫や更衣室?秘密の通路?中世の宮殿よろしく壁に埋められた歴史?

 

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 地下街は所詮、狭くて暗い人工の空間に過ぎません。なので、人々は地下街の共有空間に安らぎを求め、人工の自然らしさを持ち込もうと努力を重ねてきました。光、音、水、木や草花。偽物の自然だけれども、本物の自然よりも都市住民が求める自然により近い「自然らしい」と感じる様々なギミック。そして優しい色をあしらった空間。

 

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 でも全く正反対に、自然らしさなんか一切不必要で、地下街を歩くこと自体が芝居や映画の場面になるような、観客同士の「見るー見られる」関係の発生を意図した、劇場的空間づくりの方向も模索されてきました。クラシックな石畳や鋳物やレトロな照明のように、場面の小道具で空間を埋めていき、さらに吹き抜けや高低差、視界の切り取りや劇的な変化などの、視覚効果やストーリー性を生む空間配置をちりばめます。

 一方では、もはや歴史や自然への憧憬や文脈を完全に見限り、その時代にうける装飾やはやりのパタンを使って空間をきらきら輝かせる手法も、地下街の部分的な改装や拡張で試されてきました。そもそも地下街の壁面の大半は、その時代の商品を売らねばならない店舗間口なのですから、「ナンデモアリ」の刹那的なデザインが投入されるのも当然と言えるでしょう。

 

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 地下街のデザインは上手くいったものもあれば陳腐化してリノベーションされたものもあり、更新もされずに放置されている部分もあります。そう、都会の地下街は、デザイナーのコンセプト(考えの骨子、思潮)とリアリゼーション(現実の詳細な形づくり)に関する、その都度ごとの思索と葛藤の集大成、言葉を変えれば「色々な時代の最先端」の吹きだまりなのです。そして地下街に連なるお店は、一軒一軒が地下街のデザインに支えられつつ、集合体としてまとまった雰囲気を醸し出しています。誰が指示するということもなく。でもそんなありようが地下街の景観のほんとうなのか、と問い直すとどうにも腑に落ちません。はて。

 

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 現代の最先端な商業デザインのフィールドであるにもかかわらず、地下街という場所は、横穴の中に棲み籠るという、最も原初的な居住空間のアーキタイプ(原型)を体現していると言って良いでしょう。狭いところに入り込んで籠ることは「動物の群れとして安全で自分たちの身を守れる」という実感を持てる経験です。地下街はまさにそんな心もちの空間。目で観察して文化的な意味を理解したりキャッチフレーズのもつ言葉の感覚でイメージやメッセージをつかむ「言分け(ことわけ)」よりもむしろ、生身のからだを取り巻く空間の狭さ広さや重さ、その変化を皮膚感覚で感じとる「身分け(みわけ)」のほうが、実は卓越する場所なのではないでしょうか。

 たとえば地下街と言う閉じた空間の壁際で、居場所を決めてしばし目を閉じてみる。背中に面した壁にてのひらをあててみる。空間の音をありのままに受け取ってみる。表層の見た目は知覚から消え去って、横を通り過ぎてゆく他人の歩調や息遣いや声色が、こんなにも近くて平等でリアルに感じられる。涼しいとか便利とかキレイ美味しいかわいい、なんていう「言分け」の下に隠されていた地下街のほんとうの「風景」。そして再び目を開いたら、さあ、周りはいつもの賑やかなきらきらした地下街です。どうぞお楽しみを。




仲間浩一


1963年生。福岡県北九州市出身。風景通訳家。マウンテンバイカー。「トレイルバックス」代表。
主に中山間地や離島の地域で、景観の調査や評価、ツーリズム支援、ガイド養成などの仕事を行っている。