2015.7.27 Unknown Landscape 
山の辺のコンフュージョン

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 20代の半ばにフランスに住んでいたことがある。旅行でドイツやフランスの田舎都市へ行くと、中世の城壁で囲まれた内側が都市で、壁の外側は田園や森になっていた。都市には全く緑が無く建物も広場の地面も石でできていて、光と影のコントラスト。中心には尖った教会。一方、田園は柔らかな丘の起伏をまとって空の下にどこまでも遠く広がっている。2つの世界の境目を造っているのは城壁だ。その上に立つと正面と背後の圧倒的な両方に挟まれて、気が遠くなる思いがした。
 日本の多くの都市には城壁のような明確な目に見える境界が無い。福岡の都心から南へ向かうと、町は膨らんだり萎んだりしながら境界線もなく緩やかに様々な形を変え、いつの間にか気づかないうちにお山が目の前に見えてくる。山の辺へようこそ。

 

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 水辺(みずべ)や海辺(うみべ)のように、縁にあたるところを「辺」という。辺巡り(へめぐり)とか辺境(へんきょう)、周辺(しゅうへん)なんて言葉もある。都心には不必要なもの、市街地では価値が無いもの、住宅地には無いほうが良いもの、は「辺」に入り込むとごろごろしている。辺は、縁であり端っこのことだけれど、しかし実は異なるものが接する豊かな場所である。森の辺、山の辺、という言葉自体も、森の豊かさや山の静けさを都会の乾いた生活に少しおすそ分けして欲しい、と願う人々の気持ちがなんとなく込められたようなニュアンスが感じられる。

 

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 山の辺の水田には蛙や蛇がぞろぞろいるし、田螺(たにし)や蜻蛉(とんぼ)や蛍の天国だ。竹林には猪(しし)が出る。天神や博多のまちなかに隣接していたらさぞや迷惑なことだろう。でも山の辺ならば問題はない。時々遊びに来て泥まみれになったり、野菜や稲のお世話をしたりして、森や山の恵みを元気の素にすることができる。観光農園の遊びや農業体験の過程を通じて、もしかすると地球環境問題や遺伝子多様性や湿地環境のネットワーク、みたいな立派な市民意識を育てる土壌に成熟するのかも知れない。都心からちょっとお出かけして楽しめる福岡市の山の辺が、グローバルな自然科学の柱に直接つながっているのだ。「辺」は都市の端っこにあるけれど、しかし都市文明の本分を鏡のように映す風景に満ちている。

 

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 農業とか生物とか自然科学とは異なる意味を持つ場所も、福岡の山の辺にはある。例えば、水田に囲まれた斜面地にこぢんまりと造られたBMX(バイシクルモトクロス)の練習場。ちなみにBMXはオリンピックの正式種目だ。休日、夏の夕方になると、沢山の親子が集まって走りまくる。ここで練習して日本のトップレースで決勝を走れる子どもたちが次々に育っていることはあまり知られていない。BMXでは日本の年齢別トップは男女とも世界で表彰台を獲る。だからこの山の辺で遊ぶ子どもたち(大人も!)の目は、遠くに眺める福岡の街なみではなく、目の前の全日本と世界選手権のメダルを見据えている。そんな知る人ぞ知る場所が福岡の山の辺にある。

 

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 天神や博多のおしゃれな都市文明を中心に考えれば、周辺の町を経て、最後に行き着く山の辺の集落は最下層の「辺」のパーツに過ぎない。言わば「ツリー構造」の房の最下層に位置づけられた福岡の山の辺の集落は、郊外の町へ、都心の天神や博多へ、そして日本の首都トーキョーへ、という消費や情報の上下関係の中に置かれている。しかし、かつて「都市はツリーではない」と示したアメリカの建築家がいた。その言に照らすならば、曖昧な山の辺に置かれた一つ一つの場所は、「セミラティス(準格子)構造」とも呼べる上下関係のない濃密なつながりの網の中で、天神や博多やトーキョーをすっとばして、直接的具体的に世界と隣り合っている。環境にせよスポーツにせよ、そのつながりを動かしているのは山の辺の場所づくりに関わる人々の熱だ。

 山の辺の暮らしの風景はゆっくりと移ろいながらも、強烈なダイナミズムを包み込んで、静かにそこにある。懐かしい原風景などという都市住民の甘い言葉で語れるほど、福岡の山の辺は曖昧でも好都合でもない。様々な混とんとした情熱の受け皿として山の辺は今を生きている。




仲間浩一


1963年生。福岡県北九州市出身。風景通訳家。マウンテンバイカー。「トレイルバックス」代表。
主に中山間地や離島の地域で、景観の調査や評価、ツーリズム支援、ガイド養成などの仕事を行っている。