2015.7.6 Unknown Landscape 
大海原の片隅のまんなかで

昭和の歌謡曲やフォークソングを調べると、きっと海峡とか港町とか船が歌詞に出てくるものが多いと思う。きっと別れとか出発(「たびだち」って読んでね)の舞台になっているからだ。鉄道駅や列車も似合ってると思うが、海のほうが厳しくて寂しくて浮き浮きする感じ。しかも福岡市の風景を語る上で海と港は欠かすことが出来ない。なので、暇な時気が向いたら、港へ行こう。

 

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福岡市の強みは何と言っても博多湾があることだ。糸島半島と海ノ中道、志賀島に囲まれた海辺には、色々な顔がある。ありとあらゆるものが並び大小の船が行き交う賑わいの様子は、まるで都市の大きな広場のよう。こんな囲まれた広場のような海は、玄界灘や東シナ海はもちろん、世界中のすべての海原に直接つながっている。イタリアへ行ってアマルフィの海岸で地中海に沈む夕陽を眺める機会があったら、ぜひ博多湾の景色も思い出して欲しい。・・・無理かも知れないけど。

 

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兎に角世界中どこへ行っても、港のある町はとても自由な雰囲気があると思う。砂浜や磯など自然の海岸があるだけの海辺の町とは全く違う。道路や鉄道だけに頼って陸地のつながりの中で暮らしている感覚に対して、港から船に乗って海へ出て違うところへ行けるよ、という感覚は、気持ちが解放される度合いが違う。人にとって陸地の呪縛は大きいのだ。ベイサイドプレイス博多で志賀島行きの船を待っているだけでも、ほら。厳しくて寂しくてかなり浮き浮きしてくる。

 

陸地に住んで便利に暮らしていると、タワーとか商店街とか駅とか大通りとか、記憶に残りやすい華やかな場所がイメージの中心になってしまう。僕らが住んでいる住宅街や裏通りは、都市の風景のほんの片隅に過ぎない。それに加えて海岸は都市の「縁(へり、edge)」でしかなく、その先に広がる海原なんて巨大ダコや大ウミヘビが現れそうな得体のしれない異界に感じられる。実際、ウルトラマンのシリーズでも、およそ変てこな怪獣は海の中からゴボゴボ、ザバーーーっと現れるものだし。でも、船に乗って港からいったん海の上へ出た途端に、状況は一変。港の岸壁から離れるにしたがって最初は心細い感じがじわじわ込み上げてくるかもしれないが、あるところからは何だか穏やかな、そして少し勇ましい心地よさに包まれてくる。進め進め。

 

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人の姿が風景の中でそれと分かる距離は、経験的には1200mくらいが限界だと言われている。それよりも離れてしまえば、地形や大きな建造物は見えるけれど、人の姿は見えなくなってしまう。

見えている風景の中に人の姿を確かめられるということは、自分がそこにいることを想像でき、その風景の一部として風景の成り立ちに参加できるということ。船が陸地から離れて海の上を進んでいくと、次第に陸地は遠ざかり、目の前に見えている風景に参加する縁(よすが)を失っていく。風景の一員でなくなってゆく。

 

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陸地の都市の風景から身を離すことは、陸地の暮らしから心が自由になることだ。見慣れていた風景は自分の足もとから離れ、あっちの陸地もそっちの島も、自分から一定の距離を隔てて遠巻きに横たわっている。そんな他人行儀な風景の中を、船はゆっくり進んでいく。その間は、どんな陸地にも(そして陸地の秩序にも)僕らは所属していない。海の上にいれば、僕らは風景の真ん中に自分を置くことが出来る。そして見えている様々なものの姿かたちを、自分の生活との関わりを抜きに純粋に眺めることができる、ようになるのかもしれない。やり残した仕事のことも夕ご飯のおかずのことも忘れて。

 

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そして半時間の博多湾の船旅は、すぐに終わりだ。港町が段々近づいてきて船のスピードが遅くなり、見慣れている陸地が包み込むように僕らを迎えてくれる。お帰りなさい、陸地の世界へ。あなたの居場所はこっち側の世界ですよ。とね。不安な自由は、安心できる秩序に取って代わられる。船のデッキから桟橋へ降り立った途端、僕らはまた陸地の風景の一員に戻るのだ。だからこそ港町の風景は、暖かく美しいものでなくてはならない。そうでなければ、船に乗っている時間が毎日の生活の中でレクリエーション(Re-Creation・再創造)の意味を持たない。

 

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なので港で一番大切なのは、何と言っても入港する船から眺める風景だ。タワーも良いし岸壁に並ぶレストランも素敵だけど、それはあくまで都市の欲望のあらわれ。もしも港に入る時に美しさに欠ける風景が見えて残念な気持ちになったとしたら、それはその町が本当の海を忘れてしまったという証なのだ。




仲間浩一


1963年生。福岡県北九州市出身。風景通訳家。マウンテンバイカー。「トレイルバックス」代表。
主に中山間地や離島の地域で、景観の調査や評価、ツーリズム支援、ガイド養成などの仕事を行っている。