2020.3.31 風景にかかわる 
リフレクション

 

リフレクション※1

 

「文明開化以来、日本人は文明とは明るいことと思い、国土を明るくすることに努力した結果、日本はいとも簡単にヨ ーロッパより明るくなった。

(乾正雄「夜は暗くてはいけないか」より)

狙い―植物の自然な流れにしたがうこと。場所に命を吹き込む生物の流れに入り込み、方向づけること。植物を完結 したオブジェと考えず、その植物を存在さえているコンテキストから切り離さないこと。

(ジル・クレマン「動いている庭」より)

見所より見る所の風姿は、我が離見なり。しかればわが眼の見るところは、我見なり。離見の見にはあらず。離見の 見にて見るところは、すなはち見所同心の見なり。その時は、我が姿を見得するなり。

(世阿弥「花鏡」より)

10年以上前ですが、パリの街の夜景に感銘を受けた事を今でもよく覚えています。仕事の目で海外を旅する事も 初めてでしたので、写真でしか見たことのなかった石造りや石畳の街並みに夢中になりました。歩き回るうちに日が 沈み、エッフェル塔、オルセイ美術館、ノートルダム寺院、芸術橋といったセーヌ川沿いの個性ある建築群が温白色 の電球※2でライトアップされていました。日本の都市の煩雑なネオン街のような夜景に見慣れていた身としてはあ まりの整い方に、中世の街並みを再現したテーマパークかなにかと錯覚してしまうようでした。もちろん夜に限ら ず、川沿いを大事にしているからこそ生まれるものです。石造りの街並みの中で照らされるべき場所、石の肌目をよ り美しく見せる灯具、川面にうっすらと映り込む都市の影。スケールは異なりますが、かつて陰影礼賛※3に描かれ た日本の慎ましいあかりを思い出しました。

 

パリ、セーヌ川の夜景

 

昨年末、照明灯具についてアドバイスをいただくため湖を照明デザイナーの方と一緒に回らせていただきました。夕 暮の赤みがわずかに稜線間際に滲み、水鏡に映り込む湖岸のやや幻想的な風景を眺めながら、ポツンと立つ人工光を 指し、「この風景の中で一番余計なのは照明そのものだよね」と言われた事が印象的でした。字面だけみると一瞬自 己の職能否定とも捉えかねないですが、その言葉は幾多ものプロジェクトをこなした経験ときっと原体験的なものか ら来ているものと想像され、むしろそのアドバイスこそが最も職能を的確に発揮しているのだなと思いました。夜に は夜の風景。だんだんと闇に溶け込む水面に目を馴染ませながら、日が沈むまで、暗く移ろう風景を楽しむ事ができ ました。

 

夕焼けの江津湖

 

今私が住んでいる家には10坪ほどの庭があります。北庭ということもあり、設計でいれるつもりの植物を植えて、日照条件を試します。庭は縁側の前なので、座ってみえるところに役木を配しますが、そんな主人の思いをよそに、陽の当たらない縁側より、屋根の向こうの隣家の隙間から注ぐ陽光に向かってぐんぐんと伸び、我が家からはそっぽを向いています。そっぽを向かれた跡には耐陰性のある雑草が待ち望んでいたかのようにぐんぐんと育ちます。計算しきれずにできた庭は適度に雑草が動き、日々小さな変化をみせています。

 

庭の植物は日照条件で気勢が決まる。

 

若い頃に「青いパパイヤの香り」(※4)という映画を観ました。衣服や家具、コロニアルな建築、女性の黑髪の 艷やかさや汗、旺盛な常緑樹の葉のつややかさ、スコール。異国情緒を超えてアジア独特のモンスーン感が描かれて いるようでした。目にはみえない空気の湿り気。少し距離をおいてみると、福岡の街にも他の街にはない独特さを感 じます。繁華街に並ぶ大きな常緑樹、オープンエアーを楽しむ屋台。いろいろな場所に散りばめられた湿気感は、群 像劇のように福岡の風景に収束されます。

 

天神の中心部に植えられているクロガネモチやホルト。街の真ん中では珍しい。

 

ランドスケープのしごとは環境の中に居場所をつくることと捉える一方で、そのために広場を設計したり、樹を植えたりする事が本質ではないと思ったりもするのです。単なる足元あたりの事象と捉えると、「暗さ」は危険さであり、「ぬかるみ」は歩きにくさでしかなく、小さな環境改善に終わります。正しい設計より間違えない設計。もちろん大事なことですが、そんなときは多分、できあがったものを見ても、何かが抜けています。「暗さ」「ぬかるみ」もまた風景の一部なのかもしれないのです。ものづくりが素材に強い意志を与え、かたちづくる一方で、意志ある自然と向き合うランドスケープは素材の意思を引き出す方が役割なのかもしれません。ものづくりでありながら「つくらない」という選択も成立する職能。出来上がった時に「どこを設計したのですか。」そう言われる事も評価なのかも。建築やプロダクトと比較して「つくる」手数は圧倒的に少ないですが、「つくる」以外のかかわり方は多いような気がします。

昔から景観10年、風景100年、風土1000年という言葉があるそうです。設計している時間と比べると、数 十倍、数百倍で⻑い時間の中で完結せずに遷移しつづけます。先人達が⻑い時間かけてつくった舞台の中で身を置く 距離感を探る。この仕事をしているといつも『風景』へのかかわり方が気になるのです。

 

【※1】ビジネス用語。これまでのことから一度離れて客観的に振り返ること。
【※2】電球の色温度の表現。一般的に日本の屋外照明は温白色より冷涼な雰囲気の蛍光色が多いといわれる。
【※3】『陰翳礼讃』谷崎潤一郎作。急速に⻄洋化する中で失われつつある日本独特の風景を語りながら、電灯のない時代の夜の風景から観察される日本の美意識について綴った随筆。
【※4】『青いパパイヤの香り』(Mùi đu đủ xanh / 味青)
フランス・ベトナム共同制作の映画。トラン・アン・ユン監督
舞台はサイゴンだがヨーロッパ的な視点で、独特の映像美がある。



浅田 英司


1975年福岡生まれ。
農業土木コンサルタント、交通計画事務所、土木デザイン事務所等を経て、
福岡のランドスケープデザイン事務所に勤務。登録ランドスケープアーキテクト。