2019.5.14 風景にかかわる 
通勤路(図ときどき地)

 

「私たちの思い出も、建物や街並の一部となっていくのでしょうか」
「窓からの眺めも、私の部屋の一部なのでしょうか?」
「窓から見える風景は誰がつくるのですか?」

(「都市へ仕掛ける建築 ディーナー&ディーナーの試み」展より)

 

東京で働いている頃は横浜に住んでいました。横浜駅以西は意外と家賃が手頃で、歴史的にも個性豊かな場所が多いことに惹かれ、山手に近い所に住みました。(そして密かに地下鉄が格好良い【※1】という理由も。)横浜で山手というと旧居留地で洋館が立ち並ぶ高級住宅地ですが、一つ小高い丘(港の見える丘公園あたり)を少し超えると幾分家も借りやすくなります。隣が小学校で家の裏には緑が多く気に入っていました。【※2】通勤経路が、海の見える丘公園→外国人墓地→アメリカ山公園→元町と観光コースやファッション誌のロケ地にもよく使われていて、観光客、モデルさん、カメラマンにはよく出くわしました。山手あたりだけでなく日本大通や馬車道【※3】も古い建物が多く、日常の生活の場に開港の歴史が溶けこんでいました。福岡にはない魅力でした。

 

 

:中華街駅(設計:伊東豊雄建築設計事務所)大阪メトロの御堂筋駅に通じるダイナミックな地下空間のある駅。本来埋め戻すべき場所を空間化したそう。壁には昔の横浜の写真が大胆にプリントされている。
:レトロなファサードを取り付けられたみなとみらい線のスタイリッシュなサイン。(日本大通り駅)
:外国人墓地 みなとみらいの高層建築群を望む事ができる。

 

前置きが長くなりましたがその通勤経路の途中に横浜地方気象台という古い建物と、そこに隣接して、窓の形が古い建物に合わせて増築したような建築がありました。敷地の壁もモダンだったのでどなたか有名な方が設計されたのだろうなと思い調べたところ、安藤忠雄氏の設計で驚いた覚えがあります。安藤さんと言えば、力強い打放しや“times”“光の教会” 【※4】のように上手く外の世界をとりいれたデザインで、一目で世界のando!とわかるほど建物の姿が強い印象があります。しかしながら、その増築した建築に隣接する古い建物をリスペクトするように、派手な設えはなく、その古い建物に馴染むようなものでした。いつもの安藤氏のスタイルが好きな人にとっては少し物足りないかもしれませんが、むしろ僕はこの建物に感銘を受けました。

 

 

:横浜地方気象台。(右 建築設計:逓信建築、左 増築設計:安藤忠雄建築設計研究所)
:元の建築の内部。階段と窓。
:増築部のファサード。

 

 

建築に興味を持ち始めた頃に美しいフライヤーに惹かれて「都市へ仕掛ける建築」という展覧会【※5】を観に行きました。ディーナー&ディーナーというスイスのバーゼルにある建築事務所の作品の展覧会でフライヤーには「窓から見える風景は誰がつくるのですか?」という投げかけ書かれていました。当時僕はまだ建築事務所をあまり知らなかったので、会場に入ってみて驚きました。建築展や建築巡りでよく感じる建築家の個性は見当たりませんでした。展示された写真や模型は、建築やデザイン関係の人間でなければ、一見しただけではどこが新築なのかわからないかもしれません。周辺への溶け込みが上手すぎて、土木施設のような匿名性すら感じます。(それでも絶妙な端正、凛とした佇まいに見えるのはさすがです。)デザインする側の人間にとっては多少地味に感じられるかもしれませんが、歴史や地形、都市の文脈へのリスペクトを感じます。冒頭の言葉の重みに対して真摯に向き合っているようでした。後から知ったのですがスイスの大学では歴史的・地理的コンテクストを重視する建築教育の方針があるようです。建築の歴史を受け継ぐヨーロッパならではの仕掛け方でしょうか。

 

 

:展覧会のフライヤーと作品集。(残念ながら日本未発売)
:唯一本物をみたことがあるD&Dの設計した建築は、KNSM、Java島の集合住宅。新しい市街地だが、アムステルダムらしさが感じられる。

 

 

以前友人と1週間近く山陰、中国地方を巡りました。内藤廣氏が設計したグラントワという大きなホールを観ました。島根県の石見にあります。銀山の遺構が世界遺産になって有名になった街です。初めて行って驚いたのですが、この地方の家の屋根は昔から石州瓦という鮮やかな赤茶色の瓦【※6】が使われていて、背景が違えばまるで地中海のような!独特の集落景観を形成しています。石州瓦は日本三大陶器瓦の一つで、グラントワではそのボリュームを馴染ませるためか、その色味は大胆にも外壁に使われていました。もちろん住宅に比べればかなり大きいので施設自体は目立つのですが、石見の風土の延長線上から生まれたような、そしてこの地方ならではの土着感、「地」続き感がありました。地中海の写真に例えましたが、多分緑との補色が美しいグラントワと集落の写真をみるだけで、山陰にある石見の国の風景とわかることができるかもしれません。

 

 

:石見のまちなみ。印象的な屋根群。
(出典:http://www.all-iwami.com)→島根県西部公式観光サイト「懐かしの国石見」の石見銀山10個の秘密!?(大森の町並み)より
:グラントワ。石州瓦の色合いと中庭が特徴的。(設計:内藤廣建築設計事務所)

 

 

最近、長崎と鹿児島のプロジェクトを受けました。長崎の街は島原石や諫早石、鹿児島の街は花棚石やたんたど石【※7】が、石橋や護岸、歩道など街中で建材として使われています。長崎も鹿児島も火山の影響で、かつてはたくさんの石が建材等に使われていました。長崎、鹿児島に限らず、かつて石は地産地消でしたので、石によって街の「地」ができやすかったのです。しかしながら後継者不足や海外産の石の台頭もあり、石による土着な風景が失われてきています。長崎でも鹿児島でも残念ながら地元の石は使えませんでしたが、色味や色の並び、モジュールや加工法、目地に工夫をして馴染ませ、敷地をなるべく街の「地」に寄せたいと試みました。

 

 

:島原石と諫早石。
:県立博物館の鹿児島産の石の展示。凝結石灰岩だけでも種類が多い。(残念ながら現在展示はない)
:特注色の舗装材や石を並べて街の舗装材とあわせて検討している様子。

 

 

外に出て思い出になりつつあった福岡の街の風景も、帰ってくると再開発や規制緩和で少しずつ変わろうとしていました。今は天神を通り、都市高速のバスに乗って通勤しています。なかなかの勢いでスクラップアンドビルドが進んでいるようです。横浜、石見、長崎、鹿児島とも違う福岡の街の「地」はなんでしょうか。
僕たち建設人は与えられたプロジェクトの中で一生懸命に「図」を描かせられます。派手な色、流行の建材、海外の様式、、、矛盾しますが「図」をつくればつくるほどその存在が薄れて「地」になるような感覚もあります。ときどき、高架を走るバスより見下ろし、窓から見える風景をつくっているのは案外「図」なのかもしれないなと、ぼんやりと考えながら仕事に向かいます。

 

 

:現在は閉鎖した天神交差点の福岡ビル。建築当時はかなりモダンだった。さらに周辺も建て替え予定で中心部の風景が刷新される。
:以前シンポジウムでみた福岡の市街地の模型。

 

■注釈
【※1】正確にはみなとみらい線。1駅ずつデザイナーが違っている。どの駅も地下の大空間が特徴的。
【※2】家を借りるときはまず都市計画図(風致地区)を見るようにしています。緑地がみつけやすくおすすめ。
【※3】日米修好通商条約によって設置された開港場の区域内。関内と呼ばれ、周辺は西洋文化発祥の物が多い。
【※4】times:京都の三条にある高瀬川の脇に設けられたテラスのある建築。
光の教会:大阪府茨木市にあるコンクリート壁に大きな十文字のスリットが入った教会。
光で十字架を表現している。
【※5】ディーナー&ディーナーの建築展。(https://www.operacity.jp/ag/exh102/)
【※6】実は黒瓦もある。赤茶になった歴史もいろいろあり、詳しくはwiki、googleで。
【※7】凝灰岩、溶結凝灰岩。色々な堅さがあり、用途により使い分けられた歴史がある。
■補足
「図と地」:心理学で、ある物が他の物を背景として全体の中から浮き上がって明瞭に知覚されるとき、前者を図といい、背景に退く物を地という。



浅田 英司


1975年福岡生まれ。
農業土木コンサルタント、交通計画事務所、土木デザイン事務所等を経て、
福岡のランドスケープデザイン事務所に勤務。登録ランドスケープアーキテクト。