2019.4.13 世界を旅してきた中で 
ランドスケープのつくられ方(その5)

一区画から地域全体の個性をブランディングする。

 

創造区画へのプロセスとは?

 

さて、私がどんな役割を果たしたのか?手前味噌にならない程度にまとめておきたい。初対面を果たした際に全部ではないが、条件面および、圧倒的な個性を持った既存のクリエイティブブロック(ヤマモ味噌醤油)の存在が、その後数百回も足を運ぶことになるきっかけを作った。そんな決意の中でやれることは全部やる主義な私は、新たな景観をこの湯沢に醸し出すきっかけづくりから開始することにした。そこで初対面(2017年3月)の1ヶ月後に私は、高橋さんを連れて北中米に展開されている創造区がいかに生まれ、どんな影響を周囲にもたらしているのか?といった部分を身体的に理解していただく為に、11日間に及ぶ4カ国10地域(都市)への視察を実行した。お互いに会社を経営し様々なプロジェクトを運営している為、海外視察は特に気を遣う必要がある。また、正直私が企画する旅(視察)は、24時間体制でストイックに学び続ける旅程となる為、移動中が寝る時間となるほどの過酷さである。旅慣れている高橋さんとだから、実行する気になったともいえよう。その分、収穫は視座が数百弾上がる。ここを別途できないのであれば、私も実行しないだろう。(ちなみに、私は旅についても自身の考えをまとめている。東京都内在住の方がいらっしゃれば、ぜひ受講をおすすめします。)https://freedom-univ.com/lecture/newtravel.html/

 

視察した先は、米国(4地域)、メキシコ(2地域)、グアテマラ(2地域)、コスタリカ(2地域)に及んだ。基本的にインターネットで取得できる情報には価値もなく、したがって、空気に漂う文脈と形式知化されていない理論やアンダーグランドで展開されいているプロジェクトを、都市計画者、建築家、行政まちづくり課、文化起業家、社会起業家、地域リーダー、アーティスト、トレンドセッター、インフルエンサー、文化施設経営者、ギャラリースト…etc、次々に出会っては取材を重ねていく。できる限り多くの状況を、写真と一言コメント程度でログを残す。また、日中の移動中は、相互のエタインスピレーションを交換しながら新たな気づきを掴み知る。デザイン思考と叫ばれているが、私の旅には、この記録と編集を交互しながら具体と抽象を行き来する。一人では到底できない部分は、チームで補うという塩梅だ。ちなみに、高橋さんとは北中米を機に二年間の間に20カ国以上のクリエイティブブロックの視察を実行してきたことになる。

 

 

さて、この視察を機に、”アーティストの表現とその発信力”、”トップダウンの都市計画とボトムアップの創造区づくりの共存”、”カルチャーよりの事業が台頭している”、”食文化の多様化とローカルフーディズムの進化”…etc、これらの気づきが、現在湯沢で展開されている様々なプロジェクトの礎になっていると、高橋さんから聞く度に救われた気持ちにもなる。特に、ヤマモのギャラリー開設などには、アーティストの紹介や広報活動など、私個人も精力的に動いてきた為に、その起源が”旅”にあったと言われるのは嬉しい。
私は、北米視察以前にアジア・アフリカ・欧州などの視察を積み重ねてこのクリエイティブブロックの汎用性に着眼を持ったが、どんなに理にかなっていて希望があれども、自分が知っていること以上の範疇で人は行動はできないものである。どの地域で展開するにしても、私はパートナーには常に世界の動向を直視してもらうように呼びかける。もちろん、一緒に同伴いただける事に勝るものはないが。。。

 

ガテマラGuatemala City(首都)のスラムに建造された創造区にて設計者(写真左)マイクと

創造区画が地域デザインや都市計画に影響を与えることになる。しかしながら、私は、現実は同時期に現場に重きを置きながら、計画をねることも進めることが必要であると考えている。計画といっても、都市計画などというと道路整備などの土地やハードに重きが置かれるイメージが強いが(実際間違っていないしそれが悪いわけでもない)、都市(地域)計画の要は、ある一定の範囲で括った地域(エリア)を一言でなんと呼ぶ?かを、ある一定の合議制の中で定めることとしている。もっと違うやり方も存在するが、あえて創造区の定義は、”日々、町の一区画で企画・展開されるサービスや経験、販売されるモノや感じられる状況が媒介となって人々の想像力を掻き立て、個々の創造力を発揮させる場”としている。したがって、計画以上に試行錯誤を重ね実行されていることに優先を置いている。さらに、その行動で地域(個人の集合体)が一つの方向に結束していくと、創造区の周辺に住もう住人が我がもの顔で創造区をプロモーションし始め(シビックプライドとも言える)、地域外からの訪問者やインバウンド(旅行者)へ鮮明な記憶が刷り込まれるようになる。実際に、湯沢市には数多くの資源があり、すでに高橋さんは創造区を展開している。しかしながら、それが一つの束として一つのメッセージとして、聞こえてきていない状況であったのは事実だろう。

 

高橋さんと主催しつづけたイベント湯沢市の有志事業構想を発表し会場は熱気に包まれていた

 

また、全体合議には時間がかかり、関心を持ってくれた住人や協力者のモチベーションを損ねてしまうケースがある。全体合意は大切だが、必須条件としないのはモチベーション管理という側面が強い。機が熟すということも、時には必要であるならば、そういった地域では単体の創造区でよいし、私は個人的に連続的に創造区が興る”創造区画ベルト”を例えば、東北を舞台に作り上げた方が面白いと思うしモチベートされる、という理由から条件とタイミングを最優先に考えている為に、時にはハレーションが興ることもあるほどだ。では、そのハレーションをどのように解いていくのか?あくまで後日談だからこそ、今語れる経験談を共有したい。

 

一人の行動も生まれないスローガンやコンセプトはゴミ以下。

 

強烈な言い回しだが、一人の行動も生まれないスローガンやコンセプトは、ゴミ以下と私は考えている。湯沢でもこんなことが起こった。高橋さんと海外から戻った後私は、すぐに湯沢をどうコンセプト化するか?考えあぐねた。高橋さんとの出会いから私個人としては、”発酵都市”とまでいかなくとも、発酵を切り口にするべきだという持論はあった。しかしながら、北米視察からの8ヶ月間は、ヤマモ味噌醤油蔵に高橋んさんの関係者や協力者に集っていただきながら、議論に議論を重ねた。私は、立場的にファシリテーターもしくは、現在はむしろ自身の意見は強く伝えつつも、周りを躍動させていくジェネレーターとしての要素が強かった。ワークショップや会合では、良き反応を参加者からもらえど、一向に地域を表す一言がでてこない。それだけでなく、関係人口は増えている一方で主体的に自らの考えで動く人が増えていかない。もちろん、部外者であり、月に一回か二回程度いくほど部外者を信頼をしてください、という方がむしろ傲慢である。

 

岩崎爛漫第二工場

 

それでは、何が足りなかったのか?これは、新たな景観づくりにもまちづくりにも全て共通する気がしてならないことだが、高橋さん含めて地域が求めているのは「●●というコンセプトでやってみてはいかがですか?」ではなく、「まず▲▲を私が主催します。コンセプトは●●としてみました」という主体性である。いいわけに聞こえるかもしれないが、私が住まない限りは、この地域住民の意見を立てるべきだという意向も強かった。ただ、回数ではなく結果を求めている。大リーグやセリエAといった世界最高峰の海外リーグの門戸を開いた野茂英雄やイチロー、中田英寿に求められたのも同じ”結果”である。そして、結果が全ての雑音や猜疑心を打ち破り、新たな景観づくりの大きな一歩となるスタートラインを作る。純粋に私はその一歩目を踏み込んでもいなかったのである。

 

発酵都市湯沢。宣言する日を決める。

 

意気込みだけでは続かないのが、地域づくりである。発酵都市を具体化するプロジェクトを推進するプロジェクトに外者の私が関われた理由は、創造区画を自ら展開する物件と強力なパートナーを見つけることができたことである。事業パートナーの存在は外者である私にとっては必須条件でもある。高橋さんと開催した2017年12月のイベントに参加してくれた京野健幸さんである。

 

 

彼は、湯沢市で婿養子として6年前に嫁いだ先のご両親が経営するホテルを経営している。高橋さんが文化や伝統を世界レベルに広げられるクリエイティブ領域の圧倒的なリーダーとすると、京野さんは冷静沈着で物腰も柔らかく、何よりも経営者として地域経営を実行しているリーダーである。ホテル経営の他、地域のお祭りごとの実行委員会や地元の経済人が集う組織でも代表を務める人柄をみても、人望もあついことは理解できた。

そんな彼が、イベント最中に淡々と「今ここで語り合っているイベント会場の前に900坪を越す醸造所があります。なんとかしてその歴史を紡ぎ直したい」と会場に強く訴えかけました。その呼びかけに答えるように私の中では、この地域に創造区を京野さんと創り上げようとする強い意識と決意が定まった。そこは、20年ほど前まで美酒爛漫という大衆酒を製造しておったが現在は稼働も一切していない。一方で、メンテナンスはよく行き届いているという好条件でもある。

 

 

この他にも、湯沢市内の様々な物件情報を京野さんとしては、再起動させたいという強い想いと、自分の家族や親戚・友人たちが末長くこの湯沢で生活し続けられるような環境づくりを希望していることを伝えてくれた。私もいくつかの提言をさせてもらい、翌年の夏、株式会社リブルを共同創業することになる。そして、いよいよ発酵都市という景観を具体的に湯沢に宿すイベントの開催となる。つづく




拓人本村


創造区画家。1984年4月28日東京生まれ。

生活者の想像力を掻き立て、関わりあう人の創造性が発揮される一区画"Creative One Block"を都市・地方へ宿すプロジェクトを多数展開。
専門は地域経営・都市開発。趣味は多拠点居住。特技は旅。

2009年株式会社グランマ創業。主にアジア8カ国にて地域開発・経営に従事。国内では東京と東北を往き来しながら、秋田県南に位置する湯沢に”Fermentation City”を企画。また、同地域で発酵ギークたちが集う年に4回のカルチャーフェスを企画運営する。(https://www.fermentators.com/)
都内では自由大学キュレーターとして複数の講義を担当。(https://freedom-univ.com/people/takuto-motomura/)また、世の中に新たな"思索"を提示するキュレーターとして世界を変えるデザイン展、Design For Freedom等、展覧会やムーブメントの企画を運営する。

基本的に個人の時代をいかに豊かに生きられるか?をテーマにRadicalな思想や発想をもつ先駆者たちを世界でおいかけ、複数メディアで執筆・寄稿する。(https://bizzine.jp/article/corner/109)