2018.7.27 世界を旅してきた中で 
ランドスケープの作られ方(その1)

1回目の投稿から大分月日が経過してしまった。
この半年間、まちづくり業務で全国各地を疾走しており、今回はそこでの経験も踏まえてランドスケープの成り立ち方に多分に素人な目線で語らせていただきたい。

前回の投稿では主に筆者自身の役割やまちづくりに関わる理由、そして、ランドスケープの要素ともなる創造性を創発させる空間や施設・スペースを『クリエイティブ・ブロック』と乱暴だが筆者独自の視点で定義をさせていただいた。そして、クリエイティブ・ブロックをオーガニック(ボトムアップ)に出現する『創造区』と略している。

 

アムステルダムNDSM かつて巨大な船の発着場や倉庫内をクリエイティブクラスを誘致したボトムアップ型の創造区を創り上げた。

 

筆者が国内外を旅(遊学)する中で、それらが山積していることに気づいたのは2009年ころ。リーマンショック(金融恐慌)後のブルックリンやアムステルダムの倉庫街で、メインストリートからは何本ものサブストリートを通って出現するバーバーやチョコレートを専門に扱うショップなど、裏街道の歩き方と題して出版したいくらい多くの個性ある創造空間を目にした。
2009年から現在まで、強烈な個性と体現させたい世界観、そしてそれらの思いを形に落とし込むプロデュサーシップを兼ね揃え、地域のマイナーだったスペースに新たな生活文化を宿せる人材を『カルチャープレナー』と訳しているのだが、そういった人材は一旦その地域が人で賑わうこと恐れる傾向もある。人の交流や賑わいは経済指標においてもとても重要なファクターとなり、誰も寄り付かなかった土地の価値は次第に高騰していく。文化を宿せることよりも、効率的(効果的)に地域経済を発展させることが至上命題となる。これを推進するアクターが投資家やデベロッパーといえるのだろう。
こういった書き方をすると投資家が悪者のように扱われてしまうが、筆者にその意図はなく、冷静に資本主義の仕組みを理解すればこれは避けては通れないメカニズムであるということ。その一方で、経済は希少価値で決まる。個性や独自性が消えることで失うのが希少性かもしれないと。そう考えると、消費されてしまうトレンドよりも人々の行為・習慣となる”生活文化”が生まれる方が、地域内(ローカル)の人の日常になくてはならいものとなり、地域外の人にとってはその生活文化の希少性が高ければどんなに離れていようと体験や消費をしにくるのもまた経済の道理である。筆者は、後者を軸に狭い範囲(区画)での地域づくりや生活文化づくりに勤しむことに喜びを感じている、という事実は伝えておきたい。

 

インドの首都デリー南に出現したオーセンティックジャズバー。筆者が知る限り世界で腕を鳴らしてきたjazzを愛する人たちで連日会場は熱気に包まれる。インドで圧倒的な創造区の一つ。

 

なにはともあれ、この創造区は景気が不安定になったり、経済的な価値の低い裏路地や地方や辺境にうまれやすい。世界を闊歩して歩いている筆者としては、これはある程度定説と言えよう。かつてスティーブ・ジョブスは資源を一点に集中させアップルを世界一の企業へと躍進させたように、地域も一画の創造性とその波及で地域の潜在性をいかんなく発揮させていくと信じている。そこで、物事に自然の摂理があるように、創造区にも摂理なる法則はあるのでは?と考えている。これは言い換えれば筆者なりの地域のランドスケープを捉える思考フレームであり、狭域なまちづくりの方法論でもある。

まず、地域に時間軸と共に横たわる歴史、伝統、文化などの普遍性に目をやる必要がある。どこを旅していてもまずは、この切り口から見ることが多い。歴史学者でもなければその地域の地脈を嗅ぎ分けられるエスノグラファーでもない筆者にできる事は住人への聞き込みと郷土資料館、歴史資料館での取材である。

また、その土地に長らく根付いて運営されている古本屋やボランティアガイドで剛腕を振るう方に出会えれば御の字である。勿論、事前にGoogleでインプットしておくのに越したことはないが、あまり先入観を持ち込まないようにする為に筆者は事前リサーチはほどほどにしておく。その代わりに気に入った地域やその地域に長らく付き合いそうな友人ができれば足蹴よく通いながらその土地の普遍性を掴む。言い換えれば、土地勘を掴むということだろう。衣食住に普遍性は宿るケースがある。

 

壱岐のすべてを物語るといっても過言ではないこの浜辺で二日酔いの朝に七輪と朝一で入手した魚介類。ご飯に卵をかけて食したらもう引き戻せません。壱岐の虜に。

2017年から長崎県壱岐市の地域ブランディング業務と地域資源の6次産業化を促す事業開発なるプロジェクトに携わっている。チャラチャラした仕事に見えるが誠に真剣に取り組んでいる。長崎県壱岐市は博多港からおよそ1時間でたどり着く天然資源に囲まれた素晴らしくくつろげる島である。壱岐牛や麦焼酎、牡蠣やスルメイカなどで食事情には事欠かない魅惑の島ともいえよう。ジェットフォイルを使えば博多・天神からは目と鼻の先といっても過言ではない。わずか1時間で行ける距離にある粋な時間を過ごせる島を見出したのは筆者だけではないはずだ。

上述した通り、その地域のことをより深く知るために何度もあししげく通う。そうこうしているうちに島民の生活スタイル一つ一つに味わい=粋な習慣や行為をたくさん見出せた。単純に『粋』を説明するのは日本人という国籍をもちながらもなかなかに難しく、拙い知見と浅い認識でいうなれば、『その土地特有の洒落た生活習慣・文化』と定義している。生活文化は日常生活の無意識な行為行動が積み重なりご近所へ伝播していく。そこに他者の目線や観察眼が相まって気づかされるほど日常の中に溶け込んでいるから見出すのもこれまた一苦労する。壱岐で見つけた生活文化の数々も御多分に洩れず、といったところだ。ではどうやって見出すのか?生活に着目することだ。文化人類学者が調査地域の言葉も生活習慣も知らない中で同化することを進めるように、筆者もそうするようにしている。中でも食習慣にはその地域の色が出やすい。壱岐の場合も家庭内料理の中に粋は隠されていた。(レシピをいくつか)大豆を活用した練り物から味噌…etc

また、麦焼酎の発祥でもあることから壱岐でのハイボールは焼酎にソーダーを流し込む。なんとも面白い光景が広がるのだ。通称”壱岐パンチ”と命名されているのだが、油ののった壱岐牛を鉄板焼きで食べ後の持たれた胃に流し込むのが筆者が一番好きな飲み方である。壱岐パンチをたらふく飲むと翌朝は二日酔いで目がさめる。気だるさはすさまじいのだが外気に触れた方が良いことは長年の経験から知っている。そんな朝は白いご飯に漬物。とれたての卵に味噌汁の素。ポットにたらふくお湯をしのびこませる。なぜか七輪を抱えている地元民に誘導されながら、その日に釣れた魚介類を朝一で購入したところで、頭が少しまわってくるのだろう。そのまま地元民しかしらない海岸沿いへ直行すると、手際よく七輪で火を起こした後に至福の朝食会が始まる。ニューヨークやロンドン、パリやベルリンといった都市を見下ろしながら目覚めのコーヒーを飲むのも好きだが、二日酔いの体に染み込ませる味噌汁と七輪で焼いた魚介類を頬張りながら目の前に広がる真っ青な海を背景に眺める景色は至福のランドスケープと呼ぶ。

普遍性とはその土地特有の生活文化であり、非専門家だからの主観きわまりない言い方ではあるが、筆者は温もりのあるランドスケープの造形美は人が日常に織りなすその生活文化が色濃く反映されてはじめて浮かび上がる情景なのだと考えている。だからこそ生活文化起点で都市の一画や街をのぞいて見る・観察してみることをおすすめする。きっと、人の吐息までもがその地域の情景を創り出している光景に出くわすはずだ….次回につづく




拓人本村


1984年東京都生まれ。米国留学中アジア、アフリカを放浪した経験から新たに貧困の定義(=想像力が枯渇している状態)を提唱。2009年に株式会社Granmaを設立し、個人のクリエイティビティを高めることでこの「貧困」問題解決に取り組む。現在は、世界109カ国を回り、クリエイティブな都市や地域を国内外で観察し続けるRadical Journalistとしての知見を元に、個人が想像力を掻き立て演出する場「創造区画」のデザインを通して、地域に根ざした一区画から始まる都市・地域開発を専門に行う。