2016.9.5 よしなし-ごと 6
つれづれなるままに

図2

 

暑い夏も、そろそろ背中が見えてきました。
汗が出るのも、ジメジメするのも嫌いなはずですが、
乱暴な日差しが和らぐこの時期って、
なんだか寂しい感じと、やり残した感じとが
入り混じっているような、切ない気分になってしまいます。

この歳になって言うことではない、学生のような主張ですが、
お盆を廻った頃からの、焦りのような感触は、
小学生の自分と比べても、ぜんぜん成長していません…。
ちなみに日曜の夕方も、まったく同じだと思います。
毎週、甘酸っぱくてたまりません(笑)
はじまってしまうと、どうってことないのですけどね。

さて。
6回にわたって、なんの知識も思い入れもない素人が、
いいかげんな「景観の理屈」をこねてきたコラムも、
いよいよ最終回となってしまいました。

タイトルにもあるように、
心に移りゆく、よしなしごと
とりとめもなく書いてきましたが、

言い得ていることも、まったくの的外れな言いぶりも、
だって思っちゃったんだもん…。という
気楽な感じで読んでいただければ、ありがたいです。

だってだって、これを読んでいる方のほとんども、
景観について…素人でしょ!?
いや。俺はこう思うとか、こんな考え方はどうだろうとか。
思いをめぐらす場が活発になると、いいのですけど。

ということで、最終回。
タイトルにつられた形で「徒然草」風!?に、
オムニバス形式で書いてみます。
つまり、小ネタ集ですね。

とくにこれといって、やることもないままに、
一日中、キーボードにむかって、
心に浮かんでは消える、どうでもいいようなことを、
なんとなく書きつけてみると、
あやしくも狂おしい感じになります!?

図3

古くからあった建物が、急に消えてなくなると、
それまで、どうでもなかった通りに、
半端ない喪失感があります。
だけど、何があったのかも思い出せない…。

肌感覚とでも言うのか、
すぐ隣にいると思って話していたら、
振り向くと誰もいない時のもどかしさ…。
それと似ているのかなと思います。
いや、似てないかな。

図4

和風だとか洋風だとか、
あまり関係なく、なじんでいるようです。

夏季限定の街のオブジェとして、
わずか2週間ほどで消えてしまう儚さ。
この巨大な人形飾りは、
博多の街のどこにでもしっくりきちゃいます。

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写真は、私が随分前につくった、
グループ展への出展作です。
タイトルは「熊本の空」。
子どもの頃、家族旅行なんて皆無な我が家で、
熊本は、父母弟と一緒に出かけた数少ない場所でした。

「思い出」は、無敵の美化アイテム。
どんな景色だって、バラ色に変えてくれます。
隣にいたキミの事だって、
何倍増しかで加算しちゃうんだから、
思い込みだと言われても、
決して揺るがないわけです。

図5

お店の前に長蛇の行列。
並んでいる人のファッションやら会話やらを覗くと
店の趣向や性格も大体わかる気がします。

並ぶことが嫌いな人が集まる店。
矛盾しているようで、
そんな店って結構多いかもです。

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店の面構えで、美味しそうって見えることがある。
別にジュージュー焼けているお肉の看板や、
よだれが出そうな煙も出ていないのに。
色なのか、柄なのか。
見えそうで見えない奥行きのようなものなのか。

なにか、コツのようなものがあるに違いない。
うーん、だけどそれがわからない。

図1

旅先では、多かれ少なかれ焦っている。
見倒してやろう。食べ尽くしてやろう。
時間がないから仕様がないけど、
つまり、せこいんだと思う。
本当の街の姿を見るには、もう少し時間が欲しい。

だけど、本当の…を知ることに、
どれだけ意味があるのか!?
あせって、うっかり手にとったこれが、無性に面白い。
それこそが、僕だけのこの街らしさだったりする。

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自撮りってなんだろう…。地鶏ではなくって(笑)
その時そこに自分がいたことを
証明したいっていう欲求。
写真にたよって、
脳裏に焼き付けることを怠けてる感じもする。
だけど、景観って、現場感。臨場感。
そういう意味では、そのフレームに自分も収まることは、
景観を自分のものにする最高の武器かもしれない。
うん。自撮り棒。
今度の景観賞の活動部門に推薦してみようかな。

図6

猫が集まる場所って、
となりの後輩曰く、
美味しいお魚にありつけるか
やさしいおばあちゃんがいるところ、らしい。

景色がいいからって、その場に座っている猫。
いないのかな。

景観について、想いをめぐらせる。
ここに書かせてもらう機会をいただいて、
新しいたのしみができた気がします。
他の人から見ると、超クダラン話かもだけど、
どこかでもっと言いたいって思うくらいです。

ということで、この続きはいつかどこかで。
次回の講釈にしたいと思います。




中村 善輝


1973年生。福岡県福津市(旧津屋崎町) 出身。工務店の長男として生まれ、建築家への道を嘱望されるも、数学への苦手意識を克服できず挫折。憧れの女子の一言から大きく方向を転換し、人文学部フランス語学科に入学。その後、外国語も苦手だったことが判明し、迷子になる。