2016.8.15 マチに力を借りるとき 
並木道を歩く時

人はマチに出る。大切な誰かとマチに出る。
マチに出た時、穏やかで嬉しい時間が続くこともあれば、急に雲行きが怪しくなることもある。
一度心の中に広がった雲は、そう簡単には晴れてくれないものだ。

マチには沢山の人がいるし、心を整えたり機嫌を直してくれそうなものが、都合よくそこにあることのほうが少ない。
雨よ。どうか降り出さないで。そう願ってしまう。

 

でも注意深く目や耳を凝らしていると、マチからのメッセージに気が付くこともある。

ここ、どう? ふたりとも落ち着くと思うよ。

 

[08-11]【FUBA】八人力カタオカ並木㈰

 

建築、道路、橋。植物、空、水辺。
マチは様々な要素で構成されていて、その役割とスケールは全て異なっている。
私達 八人力(はちにんりき)は、「マチの力を借りる時」と題し、大切な誰かとマチで見ているものや訪れる場所についてお届けしていきたいと思う。

2015 年FUBA の記事で、街路樹について断面的な分析を行っている面白い記事があるのだが、私は歩道の並木に目を向けてみた。

 

夏、先を急ぐ私に風を届けてくれた桜の並木道がある。

 

[08-11]【FUBA】八人力カタオカ並木㈪

 

急ごう。
待合わせの時間をとっくに過ぎていた。
夏だから仕方ないけど、下からの照り返しも強くて暑い。
14 時過ぎ。頭から噴き出る汗が止まらない。

少し先の方に見えた川沿いの道。天神中央公園の横。
公園の端っこの桜並木が、そこまで影を落としていた。

あそこを行こう。涼しそう。

ハンカチで汗を押えて、歩幅大きめに向かった。
川の水面に沿うような緩やかなスロープを突き進むと、すっと風が抜けてきた。
そう言えば、桜が満開の春、足元や川を見て歩いたことを思い出した。

あの時、花弁とおしゃべりに夢中で、私は風を見ていなかった。

 

[08-11]【FUBA】八人力カタオカ並木③

 

地面と石垣が桜並木の影を腕で抱えるように受止め、川と川を挟み込んで建つ建物が通りまで風を呼び込んでいた。
平成元年の開園時から約30 年を経た天神中央公園の端っこで、桜並木は夏、影を作り心地よい風をもたらす道を作っている。
公園の真ん中あたりの木がないところに比べると、この風と影のおかげもあって気温が少し低いのではないだろうか。

揺れる影を浴びながら、もう少しこの並木道が続けばいいのにと思った。

 

[08-11]【FUBA】八人力カタオカ並木㈬

△アクロス福岡の屋上緑化スペース「ステップガーデン」から見た天神中央公園


大抵の場合、時間をかけて作り出された良好な環境の陰には、支えている多くの人がいるものだ。この日、この一番暑い時間帯に公園を清掃するを人を見かけた。

葉や草、人が捨てるごみの除去など、管理する側の苦労はかなり大きいものだろう。時折カラスが頭上を飛ぶ様子は、容易にそのことを想像させる。多くの人に使ってもらう場所にするということは、手に負えないような状況をも生み出してしまうものなのだ。

それでも粘り強く、木や人、マチとの対話を続け環境ごと育てていくと、その場所は大きく包み込む力を持ち始め、マチの中で心の拠り所になっていく。

 

[08-11]【FUBA】八人力カタオカ並木㈭

 

夏が終わる頃、どんな風が抜けて行くんだろう。
葉の擦れる音。乾いた匂い。
秋、どんな人がここを通り抜けて行くんだろう。

 

弱気になってしまいそうな私を、励まそうとする欅(けやき)並木もある。

 

[08-11]【FUBA】八人力カタオカ並木㈯

 

福岡市博多区の大博通り沿いにある博多小学校の体育館の前に、その欅並木はある。

大博通りの街路樹と言えば、呉服町から福岡サンパレスまでの中央分離帯にある椰子(やし)の木が印象深い。
反対側の歩道からこの付近を見ると、建築、歩道、欅、車道、椰子の木 と、複数の要素が層を成し、賑やかで立体的な街並みを作っている。

福岡サンパレスや福岡国際会議場への行き帰りに、私はこの並木道を通る。

そしてここを通る度に、私はこの欅並木に力をもらっている。

 

[08-11]【FUBA】八人力カタオカ並木㉀

△博多小学校の体育館に映り込んだ欅並木

 

欅は地面に埋まったような体育館の天井を抜け、その向こうのグラウンドまで枝葉を伸ばすように映り込んでいる。
平成13 年に開校した博多小学校。後からできた建築と手を取り合ってマチを盛り上げている、と言うよりも、建築を使って振り向かせ、この姿を見せつけているように見える。
植物にとって、決して良好とは言えない環境で見せるこの逞しさは、生きようとする力の固まりだ。

そして、その姿をずっと見せてきているから、人はここで立ち止まる。

 

[08-11]【FUBA】八人力カタオカ並木㈷

 

このマチの人だろうか。
おしゃべりに花が咲いていた。

その向こうの丸い筒、ベンチだと思いますよ。座られませんか?

明るい声が楽しそうで、つい声をかけたくなってしまった。
帰ろうと思いつつ、話が続いて盛り上がっているんだろうなぁ。

私は博多小学校の外側で欅並木をこんな風に見ているが、子供達や先生、博多小学校の中で過ごす人は、欅並木をどんな風に見ているのだろう。
そこにあるのが当然で、気に留めて見上げる人は案外少ないのだろうか。
でも、マチの一部になるということは、そういうことのような気もする。

 

[08-11]【FUBA】八人力カタオカ並木㉂

 

ここを通る度に、欅並木は私に伝えてくれる。
勇気を出して、縮こまらずに突き抜けよう、と。
10 年先も、ここでこのマチの人が過ごす光景に出会えますように。

 

[08-11]【FUBA】八人力カタオカ並木㉃

 

人は、快適で健全で、できれば美しい環境を作りたいと木を植えてきたのだろう。
都市、町、村。道路、歩道、建築。スケールと役割をその場所に合わせて、専門家が植える木を選んでいるのだと思う。

そこに、そのマチで暮らす人の希望はそれほど入っていないように思うけれど、結果としてマチに受け入れられていることもある。

それは木の持つ底力と、人を受止めるマチの大らかさがあるからなのだろうか。

 

[08-11]【FUBA】八人力カタオカ並木㈹

 

退屈になりがちな長い通りに根を張り、陽射しを求めて上へ横へと枝を伸ばす並木。
植えられてまだ数年しかたっていないような並木道を歩く時、いつか見上げるように大きくなって、ここも私達を包み込むようになるのだろうかと期待する。

そのマチの抱える事情がうっすら見えることもあるけれど、それでも、並木には大きく育ってほしいと願ってしまう。

 

[08-11]【FUBA】八人力カタオカ並木㈺

 

少し涼しくなる頃、あなたも並木道を歩いてみませんか?

手を繋いでなんでもないおしゃべりをしたり。
肩を落とすようなため息をついて、離れて歩いたり。

両手いっぱいにさげた買い物袋を見返しながら夕飯のメニューを唱えたり。
速足で「今から行くね」と、電話をしたり。

通りゆくあなたを大きく包み込んでくれるような並木道が、
あなたのマチにもありますように。

片岡佳苗




八人力


主に建築設計に従事する15名が集まった集団。
「まちから退屈をぶっとばせ!!」をミッションに、日々活動中。
http://8ninriki.jp