2016.4.25 よしなし-ごと 4
ここはどこの 細道じゃ

春を迎え、あっという間に桜前線も通過してしまいました。
そろそろ、五月病の季節ですね…笑

4月初頭、この記事を書きながら、
最近の自分は、桜の花を見て「白いな」と感じていることに気づきます。
もちろん、ピンクが濃いもの薄いものがあるのは、承知の上ですが、
以前は総じて、“鮮やかなピンク”な印象だったのに…と思います。

それはどうやら、歳を重ねるごとに増している感覚のようです。
きっと、環境破壊やら自然現象のなにやらが原因ではなく、
「思い込み」が解けて来たのだろうと思っていたりします。

 

ものをよく見るようになったと言えば、ポジティブ。
冷めた目で見ていると言えば、ネガティブ。

良し悪しはさておき、
ヒトは、印象やらイメージやらに囚われながら、
脳内で描いた、ざっくりとした設定の中で生きているんだと思います。

 

桜

 

ということで、のっけから迷走しかけましたが、
福岡市の都市景観について、お話をすることにしましょう。

今回は、がっつりと。福岡を題材に、やってみる意気込みです。

それでは、質問です。「福岡で一番好きな景観とは…」と聞かれて、
皆さんは、どこをイチオシされますか?

王道の「ザ・福岡!」といえば、百道地区の福岡タワーやヤフオクドーム。
FUBAの登場回数からみると、大濠公園もかなり多いみたいです。
はっきりこれだ!っていう自分の好きな場所、みなさんにはありますか?

僕の場合は、迷うことなく、しかもずーっと。
福岡・天神のド真ん中にある「天神地下街」で、決まりです。
その理由については、後ほどお話ししようと思いますが、

 

通り

 

参考までにと、過去の受賞リストを眺めてみると、
意外にも「天神地下街」って、都市景観賞を受賞してないんですね…。
「天神地下街の景観演出活動」というのは、確かにありますが、
あくまでもこれは、「活動」です。

なんせ、「地下」なので、景観としてはズレている。という感じなのか。
それとも単に、デビューした40年前に景観賞がなかっただけなのか。
まあ、このFUBAでも、過去に地下街を紹介されている先生がいますから、
他力本願ではありますが、たぶん、景観といってもいいはずです。

ではでは。
よく通る場所なので、あまりにも有名。だけど、
通り過ぎてしまうための施設なので、みんなじっくりとは見ていない。
そんな「てんちか」について、すこし紐解いてみましょう。

「天神地下街」の誕生は、1976年(昭和51年)9月10日。
九州最大の繁華街・天神の渡辺通りの直下を南北に走ります。
現在の全長は、1番街から12番街までの約600メートル。

地下鉄天神駅と天神南駅を結び、
西鉄福岡(天神)駅や高速バスターミナルなどの交通拠点とも接続し、
一日の歩行者通行量は、約40万人と言われます。

今年でなんと、40周年を迎えるんですね…。
ちなみに、国内第一号の地下街と言われるのが、1957年。
現在は「サンロード」と呼ばれている「ナゴヤ地下街」です。

その後も都市では、地下への開発がすすみ、60年代には、
東京や大阪はもとより、札幌をはじめとする地方都市でも、
続々と、穴が掘り続けられていますし、我が福岡も負けじと、
博多駅の現在地への移転と連動した「博多駅地下街」が、
1964年に誕生しています。

ですから、「てんちか」の歴史がすごいのか…といえば、
まあ、そこそこ古いんじゃない…といった、ところでしょう。
規模にしても、歩行者通行量にしても、
名古屋、大阪の地下街と比較すると、非常にさっぱりとしています。

どうやら、データ・スペックでは、
大して秀でているわけでもなさそうです。
それでは、僕が「自分の好きな場所」と、
言えるポイントは…といいますと。

すこし、バカっぽい表現になって申し訳ないですが、

「とにかくおしゃれ」ということです。

 

LIFE

 

街のキャッチフレーズは、「LIFE QUALITY」。

次の時代に残したい街として、鉄と煉瓦と石を基調に、
19世紀ヨーロッパの格調高い街並みをイメージして造られています。
イタリア・ミラノの職人に特注したステンドグラスや
唐草模様のアーチ型アルミキャスト天井。
歩行者の快適さなど、あざ笑うかのように敷き詰められた石畳。

かつては、日本語のほかに、
英語やフランス語の案内アナウンスも流されていました。

 

表紙

天井装飾

石の壁

絵画

華々しい

 

 

これは、地下街の空間そのものを「劇場」と見立てたコンセプトによるもので、
もちろんお客さまがその「主役」となります。
通路に並ぶ店舗をその「舞台」として、
また、商品やショップスタッフが「脇役」という位置づけで、
楽しみながらショッピングをして欲しいとの
思いから来ているそうです。

ですから、「主役」が輝くように、全体の明るさは暗く抑えられています。
出店するテナントの内装や照明計画にも、厳しいチェックが入ります。
開業当初は、暗いとの批判があり、一時は照明が増設されましたが、
その後まもなく、華美な照明は取り外されたそうです。
蛍光灯の光が白々としている一般的な地下街とは、真逆の発想です。

また、商品の陳列棚を店外(通路上)に置かないことも徹底されています。
大売り出し!やタイムセール!などと、
せっかくの「主役」の名演技を茶化す「脇役」は、
排除されてしまうわけです。

 

店舗

 

それほかの調度品・什器・マテリアルに至る細部まで、
「おしゃれ」になるための必死の抵抗がなされています。
西洋人から見ると、失笑ものな部分もあるのでしょうが、
高尚なこだわりも40年貫くと、美しくまちに和むものです。
その独特な雰囲気が、今や天神のベーシックとなっています。

福岡の街並みが近代化し、続々と変わっていく中、
天神地下街は、いつも同じようにそこにありました。
ほぼ同じころに生まれた僕としては、
親に連れられて来た都会の入口(いつも天神地下駐車場でした)も、
粋がって過ごした学生時代も、
その起点となったのは、かわらずこの薄暗い地下街でした。

博多と天神、どっちが好き?といわれると、
僕はこの、「おしゃれの思い込み」から、
圧倒的な天神びいきになってしまいます。

 

西洋風

 

だけどどうして、「ヨーロッパ」なのでしょうか?
当時の福岡からすると、とんでも背伸びな感じもするのですが…。
唐突ですが、「幸福の黄色いハンカチ」の武田鉄矢さんが
頭をよぎってしまいました…。

無駄な装飾に費用をかけすぎだと、批判も多かっただろうに。
と、完成までの苦労話が聞いてみたくもなりました。

こんな、夢のテーマパークを作ってしまった方、
そして、厳しく律して、コンセプトを貫いた方々。
みなさんのおかげで、「天神っておしゃれよね」と言われる
いくらかの素地が生まれていると思います。

景観と風景写真は違う。
そりゃあもう、当たり前のことですけれど、
静止していない、他の干渉を受け入れざるを得ない
そして、思い込みも甘受する。
景観とは実に、ヒューマンなモノだなあと思ってしまいます。

今の時点でうまく言えないので、
まとまるかどうか、さっぱりわかりませんが、
景観の肌触り…って、あるような気がしていて。
もっか、思案中でございます。

そんな話が、できればいいなと思いながら。

この続きは、次回の講釈で。




中村 善輝


1973年生。福岡県福津市(旧津屋崎町) 出身。工務店の長男として生まれ、建築家への道を嘱望されるも、数学への苦手意識を克服できず挫折。憧れの女子の一言から大きく方向を転換し、人文学部フランス語学科に入学。その後、外国語も苦手だったことが判明し、迷子になる。